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闇より深き野望

 十五分後。

「死亡が十二人、骨折や欠損、動脈殺傷などの重傷十九人、軽傷十六人と残りは無傷ですが全員が完全に戦意喪失。原因は相手の誘発によって味方を射殺、或いは負傷させた誤射よる精神負荷によるもの。合計五十人――即ち対人制圧部隊の約半数が使いものにならなくなりました」

 使用した銃器を片付けていれば、淡々と結果を告げる対人制圧部隊の綺麗な女性から冷たい視線を向けられる。無視するわけにはいかないようなので、肩をすくめて相手を見据えた。

 私が兵士になったのは巨人と戦うためではない。人間と渡り合うためだ。

 だからはっきりと言わせてもらおう。

「――よく対人制圧部隊なんて名乗れますね。拍子抜けしましたよ。例えば私が銃撃戦から接近戦に持ち込んだ時なんて、大半が無駄に叫んだだけじゃないですか。そんな暇があるなら動くべきです。ある程度の距離がなければ銃はその性能を活かせませんから、いっそ対人格闘に切り替えるべきでした。え? まだ実戦経験がない? それは言い訳にも理由にもなりません。武器も武器です。対人立体機動装置なんて威力に頼っただけの欠陥品じゃないですか。まず有効射程距離が性能の割に短いですよね。それに銃口とアンカーの射出機が同じ方向に向いているせいで移動中だと撃ちたい時に撃てないし、二発撃てばはっきり言って終わりです。装填を終えるまで敵が待つと思いますか? そんな欠点だらけの武装に頼りきって情けないったらありません」

 そこで一度深呼吸して、言葉を区切る。

「……対巨人立体機動装置を発明した人たちがこれを見たらどう思うでしょうね。改造と呼ぶより改悪です。――そう思いませんか?」

 誰も何も言わないのでアルト様へ顔を向ける。落ちていたバレル部分を拾い上げ、くるくると指先でもてあそんでいた。

「この装置が《王の火薬庫》にして《銃器狂い》のゲデヒトニス製とは思えません」

 私が持つゲデヒトニス製の銃と性能も質も段違いだ。一体どういうことだろう。

 するとアルト様が指を一本立てた。

「さてここで問題。ゲデヒトニスの血を継いでいるのは母。父は婿養子だった。つまり?」
「……先代当主様が開発に携わったと?」
「ご名答。才能がないんだよ。威力重視で派手に撃つことだけを考えたのかな? 血筋ではないとはいえこんなものをゲデヒトニス家が造ったなんて初代が知ったら嘆くに違いないね」
「お喋りはそこまでだ、ガキ共」

 ケニーだった。いつの間に近くにいたのかと思えば、がしっと強い力で左腕をつかまれる。
 抗う間もなく乱暴に顎をつかまれて踵が浮いた。爪先立ちになって息苦しさを訴えようとすればすぐ近くから双眸に見下ろされ、その鋭さに私は息を呑む。

「……見かけは似ているが、それだけだな。少なくともあいつは戦う術を一切持っていなかった」

 誰のことを話しているのか、考えなくてもわかる。

「口先ばっかりで生意気で……非力で、無力で……だから、死んじまったんだ」

 そう話す口調が途中から少しだけ変わったかと思うと私の顎をつかんでいた大きな手が離れ、踵が地面へ戻る。
 帽子の角度のせいで顔が見えなくなった。

「ケニー……?」

 呼びかければ、はっとしたように顔を向けられる。その目を見張ったかと思うと忌々しそうな顔になって、

「喜べ、合格にしてやる。――お前には五十人分働いてもらうからな」

 その言葉に私が口を開こうとすれば、

「それはだめ」

 アルト様に右手を握られた。

「さっき言ったよね。リーベは入隊させないって。理解出来なかった?」
「ああ? 知るかよ、こっちは部下の半分が使い物にならなくなったんだぞ」
「じゃあ試験なんてやらずに実弾も使わせなきゃ良かったんだ」
「お前の父親がこいつの言う『欠陥品』作ったんだろうが。責任を取れ責任を」
「『そんなもの』を与えられて不運だとは思うけど、これでわかったんじゃないかい? 先代と僕のどちらが優れているかは」
「おいおい、くっだらねえ親子の張り合いやいざこざにこっちまで巻き込むんじゃねえよ」

 左右から私を引っ張る二人の力がますます強くなって、逃れようにも片方はアルト様だから乱暴なことは出来なくて、

「い、痛い痛い痛い!」

 思わず声を上げれば、先に手を離したのはケニーだった。
 一気に引っ張られる力がなくなったので、私はアルト様の身体に思い切りぶつかってしまう。

「す、すみません……」
「大丈夫かい?」

 鼻を押さえながらアルト様から離れれば、

「ったく、好きにしろよクソガキども」

 ケニーが舌打ちしながら離れて行ったその先に、左足が半分になった兵士が横になっていた。先ほどは重傷に区分されていたはずだ。周りで医療班が必死に動いているが、あの出血ではもう助からないだろう。
 少し考えてから実弾を装填したが、ケニーの方が早かった。

「――今、楽にしてやる」

 言葉をかけた次の瞬間、苦しんでいた兵士の首が見事に切り裂かれていた。

 ナイフをほとんど汚さない、鮮やかな手際。これが都市伝説の殺人鬼の腕前らしい。

「作戦は? リーブス商会からの連絡待ちとはいえ決行日が迫っていますが」
「ここにいない残りの半数で総当たりするしかねえだろ」

 作戦? 何のことだろう。

 しかしケニーと副官らしい女性の会話は、それ以上は耳に届かず消えた。

「行こうか、リーベ」

 アルト様の声が聞こえたけれど、私はその後ろ姿を追うことに躊躇う。
 ろくでもない集団でも対人制圧部隊に属した方が今後の調査兵団に有利な働きが出来るかもしれないと思ったから。
 本当は全滅くらいしたかったけれど、ここにいるのは半分だけらしいから出来たのは半壊だし――

「ん? どうかしたのかい?」
「いえ……」

 動かずにいればアルト様が振り返った。促されると元使用人の性からか逆らうことが出来なくて、私は足を進めるしかない。

「王都に戻って食事にしようか。リーベは何が食べたい?」

 そこで私は思い出す。

「あの、実はナイルさんと夕食の約束を……」
「じゃあ三人で食べよう。最近忙しかったからゆっくり出来る場所がいいな」

 馬車へ戻ればすぐに動き出した。アルト様は嬉々として、

「最近は超大口径ライフルというものを作っているんだけれど」
「な、何ですかそれは」
「銃と呼ぶよりちょっとした大砲のようなものだね」

 性能を一通り語ってから、緑色の瞳を輝かせてこちらへ身を乗り出す。

「完成したら撃ってみるかい?」
「ええと、私の体格と腕力と筋力じゃ難しいような……」
「大男でも持っては撃てないよ。地面に設置して、膝撃ちか伏せ撃ちになるだろうね」
「……とんでもない大きさですね」
「うん、銃身だけで君の身長より少し小さいくらい。何発か撃てばウォール・ローゼに穴を開けられるんじゃないかな? まあ、実際にやってみたらゲデヒトニスとはいえ叛逆罪に問われるだろうけれど」

 アルト様が笑ったけれど、私は笑っていいのかわからない。

「よくそんな威力を持つ武器を作る許可が出ましたね」
「《王の火薬庫》の特権だよ。こんなものを作りますと伝えてから製作し、完成したら王の所有物として保管する体裁。ゲデヒトニス以外で違法とされる銃や武器を作る技術者は排除の対象になって中央憲兵が処刑する。……おかげで対人立体機動装置みたいな駄作も手掛けることになったけれど。僕が開発に携われたらもっと良い武器になったのに」
「あはは……」

 仮にも先代当主様の作品を『駄作』と評して大丈夫なのかと思いつつ、私もあの装置は欠点だらけだと指摘したので曖昧に笑うしかない。

「銃器に特化しているけれど、元来ゲデヒトニス家は王家へ献上する武具の製造と調整が中心だったんだ。王家お抱えの武家一族もいたし」

 その説明によみがえる声があった。

『推測だけれど火薬庫――即ち武器庫。それを調達、管理するのがゲデヒトニス家なら、武力を奮う家もあるんじゃないかな』

 ハンジ分隊長の読みは大当たりだと思っていると、アルト様が思い出したように声を上げる。

「そういえばレイス家へ挨拶に行かないと……でも、今度でいいか」

 レイス家。ヒストリアの血筋だ。

「挨拶? レイス家がご近所だからですか?」

 そこまでゲデヒトニス家と親しい間柄だったかと思いながら私が首を傾げれば、

「レイス家が真の王家だからだよ。壁の中の最高権力者。今のフリッツ王家は影武者のお飾り」
「そうですか。……えええっ!?」

 さらっととんでもない情報が出てきて驚いた。

「ある程度の階級貴族や教会の人間なら知っていることだよ。ゲデヒトニス家は《王の火薬庫》の立場もあるし、フリーダの妹が昔は僕の婚約者だったし――あ、ウーリおじさんを覚えていないならフリーダのことも忘れているかな。リーベは良い名前だって会う度に言ってたけれど」
「ええと……」

 知らない名前が増えて誰が何かわからない。レイス家の家系図が欲しい。
 私の混乱を読み取ったのか、アルト様が説明してくれた。

「レイス家当主ロッドおじさんの弟がウーリおじさん。フリーダはロッドおじさんの娘だよ」
「お会いしたら皆さんのことを思い出せるかもしれません」

 私がそう提案すれば、アルト様が静かに首を振る。

「全員、死んでしまったよ。ウーリおじさんは八年前。レイス家の奥方とフリーダを含む五人の子供たちは五年前のウォール・マリア陥落の夜にね。もうロッドおじさんしか残っていない」

 いや、いる。
 庶子のヒストリア・レイスが。

 私は隠れ家のお風呂に浸かりながら聞いたヒストリアの昔話を思い出す。ウォール・マリア陥落後に迎えに来た父親のロッド・レイス。そして今聞いた、その直前に死んでしまった正妻との子供たち。――これは無関係ではないはずだ。

「そうでしたか……残念です……」

 そう答えながら頭の中を整理していると、窓の外の景色が王都ミットラスへ変わった。アルト様が思い出したように声を上げる。

「リーベ、生まれたばかりの君を助けた医者の話を覚えているかい?」
「え? ――ああ、以前お話しして下さりましたよね」

 ストヘス区でアニ拘束作戦の日に聞いたことだ。それを思い出しながら私は頷いた。もっとレイス家のことを聞きたかったけれど、ここで話を戻すのは不自然なので堪える。

「医者はグリシャって名前らしいよ。前は突出区の住人ってことしかわからなかったけれど突き止めた。彼の出身はシガンシナだ。君はゲデヒトニス家に来る前、そこにいたんだって」
「そうですか」
「あれ? 興味ない?」
「いえ、そうではありませんが……」

 グリシャさんというその人が、シガンシナ区の住人ならエレンたちと同じ出身だと思うくらいしか感慨がなかった。

『ガキを殺す直前にどっかの医者が見つけて止めたんだとさ』
『あの医者の言葉を信じた私が愚かだった……!』

 十二歳の冬の夜に聞いた言葉を思い出すと、その医者――グリシャさんは確かに命の恩人で、感謝の気持ちはあるけれど。

 今の私が目を向けるべきは過去よりも未来だ。

「前に話した時も興味なさそうだったよね。じゃあ、この話はいいか」

 アルト様も打ち切ったので、私は気になることを聞いてみることにした。

「あの、レイス家への挨拶は私も同行すべきでしょうか?」
「そうだね、リーベを紹介したいし。あ、君のことは婚約者として扱ってもらうけれど安心していいよ。元調査兵の君が身の安全のために僕と婚約したことはわかってる」
「アルト様……」
「気にしなくて構わないよ。僕を頼ってくれたことが嬉しいから。僕に君を守る力があることも」
「…………」

 私はアルト様を利用している。アルト様もそれをわかっているけれど、知られているよりもっと狡く利用していることは知らない。
 なりふり構っていられないとはいえ、兵長からの『条件』とはいえ、出来るならこの人を利用したくなかったと思いながら私は頭を下げる。

「ありがとうございます。私にそこまでして頂く価値なんてないのに――」
「だとすれば君は自分のことをわかっていないんだね」

 アルト様がおかしそうに笑う。何がおかしいのかはわからない。

「まあ、無理もないか。それに君は僕の夢も知らないし……いや、夢と呼ぶには似合わないかな」

 そう口にして、あまり天気の良くない窓の外を眺めた。そして言い直す。

「血を継いでいない父は知らないけれど、ゲデヒトニス家には初代から受け継がれる野望があるんだ」
「野望?」

 思いがけない言葉に、私はつい繰り返してしまう。

「それは……何ですか?」

 するとアルト様は唇に人差し指を添えて微笑んだ。

「秘密」
「…………」

 どんな反応を返そうか迷っていると、

「困ったなあ、そんな可愛い顔をされたら僕はどうすればいいんだろう。――そうだ、じゃあヒントをあげよう」

 内緒話をするように、アルト様が悪戯っぽく笑う。

「リーベ、僕の名前を呼んでみて」
「……アルト様?」
「フルネームで」
「アルト・ゲデヒトニス様です」
「うん、その通り」

 アルト様が頷いた。

「それが僕の名前だからね」


アルト…過去
ゲデヒトニス…記憶
(2015/09/27)
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