Novel
これがヴァールハイト

 本部で必要な用事をすべて終えてから私は旧本部へ戻った。
 そして簡単に作った昼食をそれぞれの部屋へ運んでから自分も食べようと準備していると、

「リーベ」

 聞こえた声に振り向けば兵長がいた。もう食べ終えたらしく食器を乗せたお盆を手にしている。

 今、食堂には私たち二人しかいない。

「どうされました? あ、お代わりですか?」
「頼む。――いや、そうじゃねえ」
「はい?」
「……今夜」

 兵長はまっすぐに私を見つめる。あまりにも真剣なまなざしだったので、まるで一瞬心臓が止まってしまったような気がした。

「今夜、俺の部屋へ来い」

 そのせいだろうか。

「わかり、ました」

 私は考えるよりも先に頷いた。




 昼過ぎ。食事と片づけを終えて、私は必要なものを手に一人で外へ出た。行き先は旧本部近くにある森だ。空がよく晴れていても、足を踏み入れればどこか陰のある空間だった。

「さて、と」

 そこで私は準備を始める。

『備品庫の鍵だ』

 ミケ分隊長からもらったそれを早速使用して、本部を離れる際に大量に持ってきたのは主に弾薬だ。

 必要なものはもう一つ。

『小火器の特注なんざ、金に飽かせた貴族らしいしな』

 兵長がアルト様に作らせたという拳銃を私はホルスターから抜いた。

「受け取りはしたけれど、こんなに早く活用することになるとは思わなかったな……」

 つくづく、人は未来を見通せない。

『回転式拳銃ですね。リボルバーの装弾数って六発が標準なのに、これは十発も撃てるんですか。あ、理由がわかりました。この銃は一般のものより口径が小さいからこの弾数が可能になったわけですね』

 自分の言葉を思い出しつつ銃の性能を確認しながら、弾を弾倉に装填。撃鉄を起こす。
 両手で構えたいところを右手一本だけに留め、木の幹にチョークで描いた的へ狙いを定めた。そして引き金を引く。
 撃鉄が落ちて弾の底部を叩き、発火した火薬が弾丸を発射する。

 銃声。

 私は的を眺めた。

「……なるほど、威力はこれくらいか」

 現在私が行っているのは、五十メートル離れた先を的にした射撃の練習だ。

「やっぱり片腕だと両手より射撃精度が少し下がるかな……」

 呟いてから再び拳銃を構え、発砲する。反動をうまく逃がしてひたすら撃つ。備品を使い込んではいけないと『いつも』は気にしているが、今は気兼ねする必要がない。装填の練習も兼ねてとにかく撃ち続けた。

「ふう……」

 しばらくして一度、銃を下ろす。

 今度は抜き撃ちの訓練へ移ろうとした次の瞬間――私は素早く振り返って背後へ銃口を向けた。が、慌てて逸らす。そこにいたのはエレンだった。

「声をかけてよエレン、危ないでしょ」
「すみません、今来たばかりだったので……」

 つい叱るような口調になる私と、驚きと戸惑いと不思議そうな表情が混ざった様子のエレン。

「でもリーベさん、一体何を――」
「何って……」

 私が視線を逸らせば、周囲に散らばる空薬莢が嫌でも目に入った。

「自主訓練、だよ。今の私には立体機動が出来ないし……」
「変わった銃ですね。――って、まさかこの距離で撃っていたんですか?」
「それよりエレンはどうしたの?」

 すると彼は恐縮したように目を伏せて、

「何か俺に出来ることはないかと思って――」
「『明日の作戦に備え今日は各自で調整を徹底するように』って兵長から言われなかった?」

 私が残弾がないことを確かめつつそう話せば、

「……言われましたけれど」
「だったらその通りにしていたら良いんだよ」

 エレンを仰ぎながらリボルバーに弾をまた詰め込んでいると、その背の高い少年が目を丸くしていた。

「どうかした?」
「いえ、手元を見ずに装填出来るなんてすごいなと思って」
「…………」

 エレンは遠くにある的を見て、再び私を見下ろす。

「あの……リーベさんってもしかして――」

 私は的へ向かって再び引き金を引いた。銃声がエレンの声をかき消す。

「ん? 何か言った?」
「……いえ、お邪魔してすみませんでした。俺、旧本部へ戻ります」

 エレンが去った後、私は少し休憩をしようとそばにある木の幹にもたれた。そして何気なく銃のグリップ部分に視線を落とし――わずかに呼吸が止まった。

 自由の翼。

 ああ、そうだ。

 ゲデヒトニス家の紋章があったのを兵長が削り取って、ナイフで彫ってくれたんだった。

「兵長……」

 無意識に呼びかけて、記憶がよみがえる。

『リーベ』
『はい?』
『お前はなぜ調査兵団を志願したんだ』

 思い出すのは三年前――847年の会話だった。

『実は、もともと内地仕えの人間でした。ただ、十二歳で奉公していた家から追い出されまして』
『なぜ追い出された』
『三十五歳の料理人に夜這いされて。返り討ちにしたら打ち所が悪くてその人、死んじゃったんですよ』

 確かに私はそう言った。

 でも、兵長。
 何の武術の心得もない十二歳の使用人が、そう簡単に男一人を返り討ちに出来ると思いますか?

「嘘ではありませんが、真実でもありませんね」

 私は銃を握りしめた。そのまま構える。

「正しくは『打ち所』ではなくて――『撃ち所』でしたから」

 そしてまた引き金を引く。

 あの冬の夜と同じように。


ヴァールハイト…真実
(2014/05/05)
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