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別離とは思わずに

 旧本部にてアニ・レオンハート拘束作戦会議が開かれた翌朝――そして作戦決行前日でもある朝のこと。私は本部にいるミケ分隊長に呼び出された。『次の指示は数日後に出す』と言われていたけれど、昨夜の会議で今後の見通しが一変したせいだろう。
 とはいえ急に何事かと思っていると、

「リーベ、お前を俺の班から外す」

 聞かされた言葉を理解するまでかなり時間がかかった。
 やっと意味がわかった時に声を上げようとすれば、それを遮るように分隊長が続ける。

「これは俺の判断だ。従ってもらおう。ナナバやゲルガー、トーマもお前を外すことに賛成した」

 その言葉は自分でも驚くほど胸に刺さったが、痛みに気づかないふりをして私は今度こそ口を開く。

「でも、明日はミケ班で104期兵を見張る任務が――」
「お前のことは今回の作戦後、改めて考える。それまではリヴァイと行動しろ。あいつの新しい班はまだ出来ていないしな」

 完全に言葉を打ち切られて、私は立ち尽くすしかなかった。
 右手が無意識に左肩へ触れた。

「立体機動で戦うことが出来ないからですか? でも、私は――」
「時間を取らせるな。用はそれだけだ」

 そこで分隊長は視線を鋭くする。それを見ればもう何も言えるはずがなかった。

 込み上げる様々な感情を奥歯を食いしばって抑え込み、部屋を出ようとして――私は初めてこの場所、つまりミケ分隊長の部屋へ来た時のことをふっと思い出す。そしてわずかに逡巡してから訊ねることにした。

「分隊長」
「何だ」
「――私が……今日まで、この班にいられたのはどうしてですか?」

 すると分隊長は目をひそめた。

「何が言いたい」
「新兵だった人間が、最初から分隊長の班に所属していたなんて話はおかしいということです」

 そう、私はずっとミケ分隊長の班員だった。訓練兵団を卒業して、調査兵団に入って――この班に配属されていた。

 最初からずっと、それが不思議だった。

「……エルヴィンが決めたことだ」

 ミケ分隊長の答えは簡潔だった。
 そう言われたら、この場は納得するしかない。でも、団長は一体何を考えていたのだろうか。

「だが、エルヴィンに何かしら思わせた男なら知っている」

 その声に私は顔を上げる。一体誰なのだろうと眉をひそめて。

「そいつが当時よくこの調査兵団本部へ来ていたからな。そして、その男とは――」

 分隊長はこちらを見据えていた。

「憲兵団師団長ナイル・ドーク」

 そして、私から目を逸らさない。

「お前はあいつと知り合いなのか?」
「……二回しか会ったことのない人をそう呼ぶのなら。――それでは失礼致します」

 私が背を向ければ、

「待て。忘れていたが、用はまだ一つ残っていた」

 机の引き出しを開ける音がした。

「壁外調査前にリヴァイから話は聞いた。お前にこの鍵を渡しておく」
「え?」
「備品庫の鍵だ」

 その言葉で思い出した。

『ミケに話はつけてある』

 私は何も口にせず、手の中へ落とされた鍵を眺める。

 すると分隊長が嘆息して、

「リーベ、覚えておけ」

 静かな声に、私は分隊長を仰いだ。とても大きなこの人を、いつだったか投げ飛ばしてしまったことをなぜか思い出した。あれは三年前だったっけ。

 その頃のことを思い出す私をじっと見つめて、分隊長は言った。

「これは何事にも言えるが……人は『力』に支配されるものではない。人が『力』を支配するものだ」

 私は少し考えて、

「よく……わかりません」
「わからなくていい。だが、覚えておけ」
「……はい」

 わからないままに頷いて鍵をポケットへ入れ、深く呼吸をしてから私は身を引き締めて今度こそ部屋を出た。
 すると、通路にはナナバさんとゲルガーさんがいた。

 二人を前にしてよみがえるのはついさっき聞いた分隊長の言葉だ。

『俺の判断だ。そしてナナバやゲルガー、トーマもお前を外すことに賛成した』

 つまり、私は――

「俺たちのわがままなんだよ、リーベ」

 私の暗く澱んだ思考を閉ざすようにゲルガーさんが言った。なぜか顔をしかめている。

「わがまま?」

 つい眉を寄せれば、ゲルガーさんが言葉を続けた。

「お前、三年前の847年に炊事実習の教官やってただろ?」
「……はい」

 するとナナバさんがくすりと笑う。

「よく覚えてるよ、いつも楽しそうに訓練兵団に通うリーベの姿」

 過去を懐かしむ二人を前に、私は黙って聞くことしか出来ない。

 この人たちは何を言っているのだろう。

「明日の俺たちの任務は104期兵を見張ることだ」
「847年の一年間、リーベは彼らと過ごしていたよね」
「そいつらの中に女型の巨人の共謀者がいるかもしれねえんだ。だから、まあ――お前を外すことに決めたんだよ。心臓を捧げた兵士としちゃ誉められた話じゃねえけどな」

 さらにわけがわからなくなって、私はついに声を上げた。

「ちょっと待って下さい、二人とも、何を言って――」

 そこでナナバさんが私の負傷していない方の肩へそっと手を置いた。

「だからわがままなんだ。ミケとトーマも同じ気持ちだよ。それに今は肩の負傷もあって表向き『戦闘不可』って理由も揃うし都合が良い。ヘニングの班も一緒で、新兵を見張るには充分な人数でもあるからね」

 ようやく彼らが言わんとしていることを理解して、私はぽつりと声にする。

「私が戦えないと思われて……必要、ないからじゃなくて……?」

 瞬間、頭に衝撃が走った。ゲルガーさんに頭突きをされたのだ。

「ゲルガーやりすぎ」
「馬鹿なチビにはこれくらいしねえとわからねえだろ。俺も痛いんだからおあいこだ」

 額を押さえながらゲルガーさんが言った。

「リーベ。俺たちはお前に、お前が可愛がってた奴らと『戦わせたくない』だけなんだよ。今後の戦況でそんなことを言ってられなくなるかもしれねえが今は――って、最後まで言わせんな」
「そ、そんなの……」

 声を出そうとして、喉が締め付けられるせいでそれがうまく出来ないことに気づく。
 どうにか喉へ力を込め、ゆっくりと言葉にする。

「待って下さいよ……」

 私はずっと、ここにいたいのに。
 この人たちと一緒に戦いたいのに。

「そんなこと言われたら、私……」

 あの頃の私と、その思い出を大事にする私をそんな風に想われたら――

「もう、ミケ班にいられないじゃないですか……」

 うつむきながらそう言えば、がしがしと乱暴に頭を撫でられた。ゲルガーさんの手だ。

「何言ってやがる、馬鹿か、すぐ戻らせるに決まってんだろうが」
「こんなに可愛い子を余所の班へ渡すつもりはないしね」

 ナナバさんが手櫛でやさしく乱れた髪を整えてくれる。

「…………」

 あたたかくて、切なくて、苦しい想いが胸いっぱいにあふれて、どうすれば良いのかわからない。
 そのままじっとしていると、そこでナナバさんが「ん?」と声を上げた。

「リーベ、これキスマーク?」

 そしてすらりとした指先で、私の襟を軽くめくる。
 一瞬戸惑ってから、私は旧本部の浴室で兵長に髪を洗われた昨日のことを思い出し――自分の顔が赤くなって青くなるのがわかった。
 鏡で確認した時に見えない場所だと思ったから放置していたのに、甘い考えだったらしい。そうか、上から首元が覗かれることを考えていなかった。

「な、お前、相手はどこの馬の骨だこのやろう!」

 怒鳴るゲルガーさんに私は慌てて、

「ち、違います、虫刺されですってば! 痒いです!」
「そんな嘘に騙されるか! どこをどう見たってこれは――」
「おーい、そこのミケ班。そろそろ明日の打ち合わせをするんじゃないのか?」

 遠くから聞こえたヘニングさんの声に、ゲルガーさんが舌打ちする。

「覚悟しとけよリーベ、次に会った時は説教半日コースだ」
「ゲルガー、君はこの子の父親かい? その役割はミケだと思っていたけれど」
「ああああの、これは違いますから! 本当に! ――とにかくっ」

 解放された私は襟を正し、真っ直ぐに二人を仰ぐ。

「すぐに戻って来ますからね。今回の作戦の間だけですよ、私がミケ班を離れるのは」
「当たり前だ馬鹿」
「もちろんだよ」

 その時、扉が開いた。

「お前たち、俺の部屋の前で何を――」
「ミケ分隊長!」
「何だリーベ」

 深呼吸をして、私は宣言する。

「私、怪我を治してすぐにこの班へ戻ってきますから、欠員は空けたままにして頂けませんか?」

 すると分隊長は鼻を鳴らしてから言った。

「当然だろう、お前の場所だ」

 ああ、良かった。
 だったらこれは、さよならじゃない。

 喜びのままに私は大きく頷いて、三人から離れた。

「じゃあ、行って来ます!」


(2014/04/27)
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