Novel
殺す慈悲か生かす無慈悲か
覚悟と共に叫んだ直後。
私の背後から突風が吹いて、マントのフードがすっぽりと頭に被さった。
「!」
はっきり言って邪魔だが、そんなことを気にしている場合ではない。そのまま私は降下を終え、ついに巨人と対峙する。
『敵は……巨人だけではありません』
さあ――思い出せ。
私は気づいたはずだ。
自由を脅かす存在を。
『壁の中に……人類に……兵士の中に、敵がいます』
この巨人は、人間を食べない。
この巨人は、とても頭が回る。
まだ見ていないから信じられないけれど、エレンも巨人になれる。
そしてエルヴィン団長が話していた今回の「作戦」の内容――つまり。
こいつは人間だ。
こいつは兵士だ。
ただの巨人だと侮ってはならない!
同時に、私は自分の実力を知っている。ちゃんと理解して、把握している。私はこの巨人には勝てない。
これらの情報があるとないとでは大違いだ。
だから私は自分がすべきことはわかっていた。
「さあ、来い……!」
真正面に躍り出た私に向かって、女型の巨人が高速とも呼べるスピードで拳を突き出してきた。
「くっ」
素早く立体機動で左へ回り込んで避ければ、特別作戦班を追う女型の速度がわずかながらも落ちる。
そうだ。これでいい。
刃を向けて、戦うこととは違う。この女型の巨人の目を、つまり気を引き付けるのだ。
エレンと彼を守る兵長たちが逃げ切る、その時間を稼ぐために。
これが私の『戦い』だ!
背後から再び前方へ回り込もうとすれば、相手が今度は体当たりして潰し殺そうとしてきたので即座にアンカーを回収、上昇に切り替えた。
宙を滑るように私は動いた。いつものようにガスの残量を気にしている場合ではない。
最高速度を保ち、女型の手刀を何度かかわす。攻撃を警戒しているのか相手は片手でうなじを隠しているので、少しだがこちらに利がある。
この調子だと自分自身を叱咤し、アンカーを前へ発射した。
――と、その時。駆ける女型の足首が目に入る。
「…………」
腱を削げば、こいつはろくに走れなくなる。間違いない。
もちろん狙うのは難しい。だが――ここを破壊すれば、かなりの時間が稼げる!
女型の攻撃を避けることに集中しながら、私は思考する。
どうする? やるか?
殺すことは出来なくても、これなら私にも出来るはずだ。
「……っ」
躊躇うな! 足の腱を――削げ!
私はブレードを構え直し、踵に向かって一気に下降する。
しかし、次の瞬間には女型の蹴りが襲いかかってきた。かろうじてそれを逃れれば、その攻撃は木々に炸裂して何本もなぎ倒す。
次に強靭な腕が風を切って降ってくる。刃を振るうように鋭い動きだった。
一連の動作は私の狙いを読み取って、そうはさせないとまるで狙い澄ましたようだった。
「くっ」
駄目だ、隙がない。
当然のことだが、私が圧倒的に弱い。
その事実を前に、身体のバランスがわずかに崩れる。
即座に上昇して体勢を立て直そうとするが、遅かった。
少しでも体勢を崩した時点で、相手がそれを見逃すはずがなかったのだ。
「!」
こいつは人間だ。こいつは兵士だ。
ただの巨人だと侮ってはならない。
私は自分の実力を知っていたのに。
それを理解し、把握していたのに。
一瞬の選択で訪れた絶望の中――迫る女型の手の、目に負えないほどの素早さに私は慌てて身を捻る。
しかし避けきれず、女型の指先が私の左肩を深く裂いた。
「あああっ!」
刹那、燃えるような熱さと感じたかと思うと、次に激痛が全身を貫いた。そこで動作が一瞬遅れる。ブレードを握る手から力が抜けて、離れてしまう。
同時に私の身体にとどめを刺そうとする動きを遠い意識で感じて、後方へアンカーを発射する。
が、それも遅かった。
回避が間に合うことなく――今度は立体機動装置だった。ばきん、と恐ろしい音を立てて一部が破壊され、身体から留め具が外れるのがわかった。
機動力を失った身体は一気に墜落する、かと思えば違った。
「!」
次の瞬間には、身体が女型の巨人の手の中につかまっていたのだから。
絶望に目の前が真っ暗になる。
これまで見た数々の亡骸が脳裏をよぎる。
次に壊れるのは私の身体だ。私の、内臓だ。
私の――心臓だ。
その事実に慄くことしか出来ない。
ああ、ここまでだ。
私は、死ぬ。一瞬の油断で。わずかな過信で。
握りつぶされるか、叩きつけられるか、わからないけれど間違いなく、死ぬ。死んでしまう。
私はここで――終わりだ。
駆け巡る一瞬の思考の後、女型の巨人が手にぐっと力を込めた、その時――体勢が傾いて、ぱさりとフードが頭から外れた。
「リーベさん!」
同時に遠くから、エレンの絶叫。
その、瞬間。
女型の巨人がさらに手へ力を込めた瞬間。
私が身体を強張らせて死を覚悟した瞬間。
ぎょろりと向けられた大きな目と、視線が絡み合う。
女型の巨人の青い瞳が。
まっすぐに。
私を見た。
「――え?」
肩の激痛も死の恐怖も忘れ、思わず声を上げる。
何だろう、この感覚。
この巨人はどうして私を見ているの?
この巨人はどうして私を殺さないの?
相手がなぜ急に動かなくなったのかわからないまま――それは長い、長い、一瞬だった。
だが、その時間は終わった。
次の瞬間、私の身体は――
(2014/01/22)