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可愛いフロイライン

 第57回壁外調査では、私の所属するミケ班全員がばらばらになって別の班へ配置されることになった。

「俺は左翼側か。リーベ、お前はどこだ」
「中央後列です。一番後ろ」

 ゲルガーさんにそう言えば、

「こんなチビにしんがりなんざ任せられるかよ。お前はいつからそんな立派になりやがったんだ、リーベ」
「痛っ、そんなに背中叩かないでください。ところでゲルガ―さん、前々から言いたかったんですけど」
「何だよ」
「ブレードを巨人のうなじに叩きつけるみたいにして削ぐのやめた方が良いですよ。装備がもったいないし、もっと使えるはずなのにそこで一本を駄目にするなんてそんなの新兵みたい」
「あれが俺のやり方なんだよ、馬鹿め。それがわからないあたりお前もまだまだだな」

 そんなやり取りをしていると、ナナバさんがやって来た。

「リーベ、今回の壁外で君が所属する班長からお呼びがかかっているけれど」
「あ、ちょっと行ってきます」

 すれ違うと同時に、ナナバさんは包帯が取れた私の頭にぽんと手を置いた。

「強くなったよ、リーベは。だからどこに配属されても大丈夫」
「ナナバさん……」

 改めてそう言われたら、何だか胸が詰まった。

「ありがとうございます、頑張りますっ」

 それから私は今回所属することになった班長のもとへ向かった。

「お待たせしました。よろしくお願いします」
「おう、よろしくな洗濯娘」
「リーベ・ファルケです」

 洗濯娘とはどんな通り名だ。

「今回限りとはいえ俺の班へ来たからには流儀をみっちり仕込んでやる。今夜から壁外調査までは毎晩会議をするぞ!」
「え、毎晩……?」




 時は流れて、壁外調査を数日後に控えたその日。長距離索敵陣形の訓練が行われた後のこと。いつものように解散が言い渡されることはなかった。

「これは一体何ですか、ハンジ分隊長」
「調査兵団名物借り人競争大会だね、リーベ」
「そんな大会が存在したんですね。入団して何年かになりますが、初めて知りました」
「長生きすると色々知ることがあるでしょ?」

 ハンジ分隊長とやり取りをするうちに呼ばれて、私はシスさんや何人かの兵士と共にスタートラインに立つことになった。
 こんなことをする理由はわからないけれど、やるからには全力を尽くそう。それが兵士だ。

 スタートの合図と共に駆け出して、しばらく走った後に置いている重石の下にあった紙を拾う。

 これまで走っていた人は『金髪の人』だったり『青い瞳の人』とか『首に巻き物をしている人』などの指令を受けていた。周囲が原っぱなので『物』だと難しいから対象が『人』なのだ。
 兵士同士が少しでも親密になる意味もあるのかもしれない。それは私の勝手な想像だけれど。

「さて、誰を借りればいいのかな。……えええええっ!」

 紙を読み、叫んでしまった。

『自分よりも背の低い人』

 よりによって!
 ちょっと待って、調査兵団内で150cmの私よりも低い人なんて――

「あ」

 私は声を上げ、今期調査兵団へ入団した104期生たちの元へ向かう。

「みんな、久しぶり!」
「リーベさあああああん!」

 するとサシャが飛びついてきてくれた。

「お久しぶりです! 私、またリーベさんのご飯が食べたいですっ」
「ありがと、今度ご飯でもお菓子でも何でも作るよ」
「リーベさんは変わってねえなあ」
「ちょっと背が伸びたね、コニー。――ところでクリスタはどこかな」
「は、はいっ、私はここです!」
「ユミル、ちょっとこの子を借してくれる?」
「ちゃんと返して下さいよ、リーベさん」

 ユミルに断りを入れて、私はクリスタと手を繋ぐ。彼女からふわりと良い香りがして、不思議と癒された。うん、借り人競争って悪くないかも。
 そのまま私たちは一直線にゴールして、結果――1位!

「おめでとうございます、リーベさん」
「クリスタのおかげだよ、ありがとう」
「いえいえ」

 1位の証にもらった花冠を頭に乗せて、クリスタを104期生たちのいる場所へ送り届ければ、

「おかえり、私のクリスタ」
「もう、ユミルってば」

 相変わらずの仲良しみたいで、眺めていると頬が緩む。
 そうするうちに次のレースが始まろうとしていた。今度は幹部の人たちが走るらしい。スタートラインに並ぶのはエルヴィン団長に兵長、ハンジ分隊長にミケ分隊長もいる。
 誰が勝つだろうと見守っていると、スタートが切られた。

「みんな誰を借りるのかな?」
「楽しみですね」
「そうだ、この花冠クリスタにあげる」
「え、でも……」

 私は花冠をクリスタの頭に乗せる。とてもよく似合っていた。

「似合う似合う」
「リーベさんの方がお似合いでしたのに……」
「そんなことないよ」

 にこにことクリスタと会話していると、ものすごい勢いで近づいてくる異様な気配があった。
 顔を向けると、

「わっ!」

 兵長が、目の前に。
 思わず後退りしそうになると、逃がさないとでもいうように腕をつかまれる。

「来い、リーベ」
「え、私ですか」
「そうだ」

 紙になんて書かれていたかは知らないが、そう言われては従うほかない。
 しかし、走り出そうとする前に私の身体が宙に浮いた。抱き上げられたのだ。

「こ、これは……!」
「片手お姫様抱っこ……!」

 何やら叫んでいるサシャとコニーの声と104期の姿があっという間に遠のく。

「あの、私も走りますよ?」
「黙ってろ。さっさと終わらせる」

 太ももの裏に片腕を通されてそこへ座らされるように、前もこんな風に抱えられたことがあった。相変わらず人類最強、腕一本なのにまるで不安感がない。安定していた。

 それにしても、速い。

「飛んでるみたい……」

 思わず呟いた。立体起動を使用しているわけでもないのに、風になったようにあっという間にゴールしてしまう。
 兵長の持つ紙を確認した判定人のモブリットさんが私を見て、微笑みながら頷いていた。

「一位です。おめでとうございます」
「ああ」

 兵長は渡された花冠をぽんと私の頭に乗せる。
 まさか二回ももらえるとは思わなかったと思っていると、兵長は視線だけこちらへ向けた。

「包帯は取れたか」
「はい、傷痕も残らなかったんですよ。――ところで下ろしてください」
「…………」

 ようやく足が地面について、兵長を仰ぐ。

「そういえば、どうして私だったんです? 掃除好きとか、洗濯娘ですか?」
「これだ」

 私は兵長から受け取った紙へ視線を落として、

「な……!」

 思わず声を失ってしまった。

「へ、兵長……!」
「何だ」
「あの、これ、これって……!」
「それがどうした」
「だって、そんな……私で良かったんですか? 他に、もっと相応しい子が……」

 そうだ。例えば、ほら。私のそばにはクリスタがいたのに。

 すると表情を変えることなく兵長が言った。

「俺はいつも――お前をそう思ってる」
「……!」

 その言葉に自分の顔が熱くなるのがわかった。いや、顔だけじゃない。身体も、胸の奥底も、熱い。

 兵長はそんな私をじっと見つめたかと思うと、そばにあった木の幹の裏に引き込んだ。

「な、何ですか」
「黙ってろ」

 兵長の顔が近づいてきて、その目的に気づいた私はずるずると木の幹に背中を預けて座り込む。

「あの、外ですよ。皆、すぐそばに――」
「それがどうした。俺は構わねえ」

 兵長が膝をついて、私と視線を合わせる。私の顔は熱いままだ。

「リーベ」

 こつんと優しく額と額が合わさって、私は観念して目を閉じた。

「それでいい」

 兵長がほんのわずかに笑ったような気配がしたかと思うと、そっと唇が降って来る。優しい口づけだった。

「ん、ぅ……」

 でも、次第に舌と舌が触れ合って、思わず声が漏れてしまう。
 身を引こうとしたが、背中にある木の幹と肩と腕をつかむ兵長の力が強くてとてもそんなことは出来ない。

 この人はやさしいのに強引だ。けれど、それが嬉しくて私は身を任せてしまう。
 まるで味わうかのようなそれに、つい甘く酔いしれてしまいそうな心地になる。

 ああ、私は本当に、この人が――。

 流し込まれる体液をこくりと飲み込めば、兵長の熱い息を感じた。そのことに胸がどきりとする。

「や……」

 唇が離されて、言葉が勝手に口を突いて出た。
 思わず目蓋を上げて、じっと兵長を仰ぐ。

「やめないで……」

 どうしてしまったんだろう。
 想いが――あふれてしまう。
 もっと、あなたが、欲しい。
 どうしよう、止められない。

 その想いだけで、私からそっと唇を重ねた。
 掠めるように触れるだけですぐに離れてしまったけれど、兵長は軽く目を見張っていて、

「お前からは初めてだな」
「……そうでしたっけ」
「ああ、そうだ。お前はいつも俺の頬にする」
「だって――」

 やっとどうすればいいのかわかった。今なら言える。だって、こんなにも、感情があふれているのだから。伝えて良いのかと迷う感情があっても、止められない。

「私も、兵長と同じ気持ちですから」

 言葉を紡ぐと、兵長が目を見張った。

「私が掃除した後の部屋を見て、兵長の機嫌が良くなるのが私の自慢です」

 あなたといると、あたたかな気持ちになれる。

「兵長の洗濯物を干してたら、傍にいるみたいで幸せな気持ちになります」

 あなたのことが、心から愛しくて仕方がない。

「私が紅茶を淹れたら、いつもおいしそうに飲んでくれるのが嬉しいです」

 そして私は思い出す。
 出会えたあの日のことを。
 これまで過ごした日々のことを。

 兵長、あなたは――
 私の自由そのもの。
 孤独を埋めるすべて。

「兵長と過ごす時間が何よりも、大切で――」

 兵長は変わらず私から視線を逸らさない。
 私も見つめ返して続けた。

「だから、ずっと一緒にいたいに決まってるじゃないですか」

 約束は守れないかもしれないけれど――。
 心臓は公に、命は自由に、心はあなたに。
 そんな風にすべて捧げて生きていきたい。

「あなたのそばに、私のいる場所があればいいのに」

 願うようにそう告げれば、兵長は何かに耐えるような表情になった。

「お前……」

 それから奥歯を食いしばるような顔つきになったかと思うと、兵長は言った。

「あるだろうが。ちゃんと、ここに。だからお前は、こんなに――」

 兵長が何か言い終える前に、また口づけられた。
 呼吸が奪われるようなそれにしばらく身を委ねていると、

「リーベ」
「は、い」
「お前がその気なら――二つ、言っておく」
「……何ですか?」

 これ以上ないほどに近い距離のまま、兵長は言った。

「一つ目だ。お前がまだ話していないことは必ず話せ。今すぐじゃなくていい。すべてでなくても構わない。だが――お前が重荷に感じているものは全部だ」

 その言葉に、自分の心臓が戸惑うように跳ねたのがわかった。

「……どうしたんですか、急に」
「急にじゃねえよ。――ずっと、思っていた」
「そんなこと、私……」
「ないとは言わせねえぞ」

 見透かすような視線に、身体が強張った。
 思わず震えれば、押さえ込むように抱き締められた。その苦しさが幸せで、切なかった。

「俺はただ、知りたいだけだ。――心も、身体も」

 私の首筋に口づけてから、兵長は耳元で囁いた。

「だから――今夜は旧本部へ来い」
「……こん、や?」
「ああ、これが二つ目だ」

 どうしよう。頭がくらくらして、想いがまとまらない。ちゃんと考えないといけないはずなのに。
 ぼんやりとして思考出来ないままに頷きかけて、同時にある声がよみがえる。

『今夜から壁外調査までは毎晩会議をするぞ!』

 そこで私は――夢心地からはっと覚めた。

「よ、夜に本部で班会議があるので……無理です」
「…………」




 皆のいる場所へひとりで戻りながら、私は考えた。

『俺はただ、知りたいだけだ』

 ため息が漏れてしまう。

「……言わない方が、良かったのかな。どうなんだろう」

 わからない。あふれて止まらなくなった感情に任せて言ってしまったから。
 後悔するわけではないけれど――これで良かったのかがわからない。

 それでも、良かったのだと思いたい。
 思い出すだけで胸が高鳴り、熱くなるような感情を否定したくなかったから。

 声が降ってきた。

「けっ、頭に花なんか乗せやがってめでたいやつだ。なあトーマ?」
「リーベ、ゲルガーはゴール直前で転んでナナバに踏まれたから機嫌が悪いだけだ」
「なるほど、そうですか」

 そういえば頭に花冠があったことを思い出していると、そこでトーマさんが私に訊ねた。

「そういえばお前、兵長に連れて行かれていたが何だったんだ?」
「……!」

 私はまだ手に持っていた紙の存在と――そこに書かれた言葉を思い出した。

『俺はいつも――お前をそう思ってる』

 また顔が赤くなった瞬間、突風が吹いた。

「あ……!」

 私の手から離れた紙は風に舞い上がり、あっという間に蒼穹へ吸い込まれていった。


フロイライン…女性、お嬢さん
(2013/12/31)
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