Novel
認識外事実について

「可愛らしい花ですね」

 夕食後、グンタさんが小さな花束をくれた。白い花びらを眺めていると思わず顔が綻ぶ。

「花瓶に生けても1ヶ月近く咲き続けるらしい」
「長持ちするんですね。見かけによらず強い花……」
「そんなところも、リーベに似合うと思ったんだ」
「そ、そうですか……?」

 首を傾げていると、グンタさんが言った。

「今度一緒に行かないか? その花が咲いている場所へ」
「良いんですか?」
「当然だ!」
「じゃあ、是非連れて行って下さい」

 笑って応じれば、グンタさんの顔はなぜか赤くなった。




 自分の部屋にもらった花を生けていると、扉をノックする音が響いた。開ければ兵長だった。

「昨日、貴族野郎から預かったものがあるだろう」
「あっ」

 すっかり忘れていた。慌てて荷物を置いてある机の上へ取りに行けば、その間に兵長が部屋へ入ってきた。

「何だ、この花」
「グンタさんから頂きました」
「またか。前ももらってただろ」
「ああ、誕生日とかですね。今日はたまたま綺麗なお花畑を通ったそうですよ」
「…………」

 それから私は白いリボンがかけられた青い小箱を兵長に渡す。

「アルト様から兵長へだそうです」
「お前が開けろ」
「え? わかりました」

 手触りのいいリボンをほどいて早速開けてみる。
 その中には――拳銃が一挺、きちっと収められて入っていた。

 思いがけないものが出てきて驚いていると、兵長が一言。

「お前用だ」
「私?」
「あの男に作らせた。小火器の特注なんざ、金に飽かせた貴族らしいしな」
「どうしてそんな……」
「気に入らねえ場所へ行かせるなら、少しは得るものがあってもいいだろ。だから注文を付けた」
「はあ、そうですか……」

 構えれば、私の手で扱うのにちょうど良い拳銃だった。ぴったりだ。
 私はそれを目を眇め、観察する。

「回転式拳銃ですね。リボルバーの装弾数って六発が標準なのに、これは十発も撃てるんですか。あ、理由がわかりました。この銃は一般のものより口径が小さいからこの弾数が可能になったわけですね。なるほど。その分だけ威力は下がるでしょうが、急所に命中させれば問題ないと思います。あと特徴を挙げるなら、この軽さですよ。大口径に比べて小さいせいですかね。材質の問題かもしれません。それに――」
「よく喋るな、リーベ」

 私は口を閉じる。
 そして拳銃から兵長へ視線を移した。

「……で、これをどうしろと?」
「持っていて損はねえだろ。弾は兵団の備品にもある口径だ。ミケには話をつけてあるから必要ならそこから貰え」
「…………」

 訓練兵時代の科目で、立体機動のように重視はされなかったけれど射撃訓練があった。だから兵団にも銃はもちろんある。しかしそれは当然私物ではなく、使用には手順や理由などが必要かつ常に身につけていられるわけではない。

 つまり、これは、私の武器。

「……使う機会がありますかね?」
「さあな。だが――それでも持っていろ」
「わかりました」

 と、私はそこで気づく。

「あ」
「何だ」
「ゲデヒトニス家の紋章が刻まれてますね。懐かしい」
「貸せ」

 あっという間に銃が奪われたかと思うと、兵長はどこからともなく出したナイフでグリップ部分にあった綺麗な紋章を削り取ってしまう。

「あああ……」

 新品だったそれがあっさりと傷つけられて思わず声を漏らせば、そんな私をちらりと見て兵長は嘆息する。それからまた手を動かした。

「これで我慢しろ」

 見れば、紋章があった場所に、今度は調査兵団のマーク――自由の翼が刻まれていた。

「す、すごい……! さすが兵長、器用ですね」

 感心しながら、付属していたホルスターへ拳銃をしまう。そのまま空の引き出しへ入れた。

「…………」
「…………」

 ところで。
 兵長はいつまで私の部屋にいるつもりなのだろう。用事はもう済んだはずなのに、当たり前のように足を組んで椅子に座ったままだった。まあ、理由がなくても一緒にいられるのは嬉しいけれど。
 そんなことを考えていると、朝が早かったせいか欠伸が漏れた。

 眠い。寝よう。

 ジャケットを脱ぎながら、私は口を開く。

「兵長、部屋を出てもらっていいですか」
「なぜだ」

 今日は午後の訓練でかなり汗をかいたので夕刻にはすでに身を清めていた。
 そんな時間から夜着を身に付けるのもどうかと思ったのでまた戦闘服を着たが、もう時間も時間だし脱いでもいいだろう。

「着替えをしたいからです」
「着替えればいいだろうが」

 なぜ当たり前のように居座ろうとしているのか。私の方が間違っている気がしてきたのが不思議だ。

「いや、その、問題があるでしょう」
「気にするな」
「気にします」
「もう見てるだろうが」

 そう言われて、私はわけがわからず首を捻る。

「どういう意味ですか?」
「去年だったか。お前、熱を出しただろう」
「そんなこともありましたね」

 確か私の誕生日の次の日だっけ、と思い出していると兵長が表情を変えずに言った。

「その時に俺がお前を着替えさせたからだ」
「ああ、なるほど。あれって兵長だったんですか。私はペトラが着替えさせてくれたんだと思って……ん?」

 兵長の口にした言葉の意味を把握するのに、ずいぶんと時間がかかった。
 そしてすべてを理解した時――私は悲鳴を上げた。




「ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ありえない、ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待って……!」

 端から見れば不審者だ。だがぶつぶつと口を動かすことを止められない。
 現在、私はシーツの中に籠城していた。見かけはミイラか蓑虫だろう。ミイラなんて本で読んだ知識でしかないけれど――って今はそんなことどうでもいい。

「いつまでそうしているつもりだ。さっさと出てこい」
「無理です」
「もう見たものはどうしようもねえだろうが」
「う、うう……」

 わかっている。今更だ。でもでも、そんなことは簡単に割り切れるものではない。

「どうせ起きた事実ならいっそ知らないままが良かった……」
「お前がさっさと着替えねえからだろ」
「そんなの言われたって目の前で着替える気になりませんからっ」

 あああ、もうやだ。今なら恥ずかしさで死ねる気がする。
 シーツに包まって悶々としていると、声が降ってきた。

「左右の腕の筋力に差があった。利き腕かそうでないかの違いくらいで大した問題はないだろうが、意識して訓練するのも悪くないはずだ」
「え」
「左足にベルトの痕が右より強く残っていた。立体機動中に左右のバランスが異なるからそうなるんだ。もう少し重心の位置を意識して動け」
「…………」

 私は無言で頭から被ったシーツを取った。それから兵長に向かって深く頭を下げる。

「リーベ?」
「あの、すみませんでした」

 恥ずかしさは凄まじいけれど、よく考えれば感謝こそすれ、それ以外の感情を持つことはおかしいのだ。
 私は続けた。

「兵長は寝込んだ私を気遣って着替えさせて下さったのに、こんな失礼なことをしてごめんなさい。ベルトの痕なんてあまり気にしたことなかったし、ありがとうございます」
「下心はあった」

 え。

「お前、その体格にしては――」
「きゃあああああああああっ!」
「それに、意外と――」
「いやあああああああああっ!」

 聞きたくない! 何を言おうとしてるのこの人!

 今夜何度目かになる悲鳴を上げて兵長の声をかき消す。そして私が再びシーツに籠城しようとすれば、今度はそれを素早く制される。

「隠れるな」
「離して下さい!」
「今更だろうが」
「そういう問題じゃないです! ――わっ!」

 腕をうまく捻られて、ものの見事にベッドへ身体が倒される。

「いたた……」
「暴れるお前が悪い」

 頭上には、兵長。

「……あ」

 この人に組み敷かれたことは何度かある。
 その度に、いつも想う。
 こんな胸の高鳴りは知らない。
 それでいて甘やかで、安心感とぬくもりで満たされてしまう。

「だから、さっさと着替えろ」

 言い終わらないうちに胸元のベルトが取られる。ボタンも二つ、外された。シャツがずらされて、鎖骨や肩が露わになる。外気が肌に触れて、つい竦み上がった。

 これは、このままだと――。

 思考が落ち着かない。乱れて、まとまらない。

 ぐい、と兵長の指で肌に塗っていた化粧クリームが拭われたのがわかった。私からは見えないけれど、昨夜の痕跡が暴れたのだろう。

 それをじっと見つめられて、どうすればいいのかわからなくなる。つい顔を背けた。

「兵長……ええと、その……」
「何だ」

 私は今朝から訊きたかったことを口にする。

「どうしてこれ、こんなにたくさん……?」
「――教えてやろうか」
「ええと……」

 同時に、よみがえる声があった。

『言葉にすればいいだけだよ』
『しっかりはっきりしなさいよ』

 どうすればいいかわからなかったけど。
 今、言えばいいのかな。
 私の想いを。

 そうすれば――

「兵長」
「何だ」
「私――」

 瞬間、扉が開いた。

「リーベ、さっきから悲鳴が……」

 グンタさんだった。どうやらさっきから叫んでうるさい私の声を聞いてここまで来てくれたのだろう。

 そしてグンタさんは、兵長に押し倒されて思いっきりシャツの乱れている私の姿を見て――その場に倒れて気絶した。

「グンタさーん!」




 翌朝の食事の時間。

「グンタ、お前昨日の夜に倒れたんだって?」
「一体どうしたのよ」
「え、大丈夫ですか?」
「壁外調査前に何やってんだ」

 エルドさん、ペトラ、エレン、オルオさんの言葉に対して、

「それが何が起きたか全く覚えていないんだ」

 盛大に倒れたにもかかわらず幸い怪我もなかったグンタさんが不思議そうな表情で言った。

「…………」
「…………」

 私と兵長は誰とも視線を交わすことなく食事を続けた。


(2013/12/07)
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