■ 言葉を刃にして君を殺そう
駐屯兵団のおじさんとミカサが馬から立体機動へ移り、鎧の巨人となったライナーへ突撃する。
ジャン、アルミン、サシャ、コニーがそれに続いて、もちろんわたしも宙を舞う。
「あ、あれ? わ、わわ……!」
だけど、使い慣れた自分の装置じゃないせいか、一瞬で高度が落ちて失速した。そのタイミングで近くにいた巨人がわたしに手を伸ばす。
「ほっ!」
足をつかもうとする太い指を切り落として、その腕と頭を踏み台にまた上昇する。わたしだって訓練兵として三年過ごしたんだからこれくらい出来る。
もう一度上昇した時、すでに皆は着いていて、エレンを背負うベルトルトは鎧の巨人となったライナーの手の内側へ庇われるように入っていた。
「誰が! 人なんか殺したいと思うんだ!」
鎧の巨人の肩へ膝をついた時、ベルトルトの絶叫が聞こえた。
いつだったか、前にも聞いたことのある言葉――ずっと、ベルトルトが抱えていた苦しみ。
「誰が好きでこんなこと! こんなことをしたいと思うんだよ!」
聞いているだけで胸が痛くなる声だった。
「人から恨まれて、殺されても当然のことをした。取り返しのつかないことを……確かに皆を騙した……けど、すべてが嘘じゃない! 本当に仲間だと思ってたよ!」
慟哭のように哀しい、切実な響きに、呼吸をするのも苦しくなる。
「僕らに謝る資格なんてあるわけない……けど、誰か……頼む……お願いだ……誰か僕らを見つけてくれ……」
どうすればいいのかわからなかった。ベルトルトのために何が出来るのか。そもそも出来ることがあるのか。
でも、たとえわたしに何も出来ないとしても、何もしないことはしたくなかった。
「ベルトルト」
名前を呼びながら、近づく。この声が届きますようにと願いながら。
「お願い。ここから出て来て。――話し合おうよ」
さっきは取り合ってもらえなかった提案をもう一度持ち出せば、
「……そんなこと、出来るはずがない」
「どうして」
「君は何も知らないからそんなことが言えるんだ」
ベルトルトは、ずっと苦しんでいた。
その感情を、わたしは時々垣間見ていたのに。
思い出すのは、いつかの訓練でしたやり取り。
これまで見たことのない表情で、何かを耐えるように拳を握っていたベルトルト。
どうしてそんなに哀しそうなのか、どうしてそんなにつらそうなのか――あの時はわからなかった。わたしは何も知らなかったから。ずっと見ていたはずのベルトルトのことを何も知らなかったから。知ろうともしていなかったから。
「……そうだね、わたしは何も知らない」
知ったところで、ベルトルトのすべてを理解出来るとは思わない。
でも、だからといって、諦めたくない。
今までの、独りよがりに恋をしていたわたしのままではいたくない。
「だから、今からでもそれを知りたいよ。ベルトルトと向き合いたい」
「っ、そんなこと、出来るわけがない……!」
傷ついたような、泣き出しそうな、そんな声が返ってきた。
今までの在り方から変わりたいと望んでも、わたしみたいな人間だと決意してたった半日じゃ足りない。もう行き詰まった。
言葉の無力さを噛み締めてうつむけば、
「もう、やめてくれ。――僕なんか、好きになるべきじゃないんだ」
ぽつりと投げられた言葉に思わずはっと顔を上げる。
それだけは、絶対に違う。
この三年間の時間は、あなたであっても否定させない。
「そんなこと、ないよ。ベルトルトを好きでいたから毎日が楽しくて、わくわくして、生まれてきて良かったって、わたしはずっと思って生きてるんだよ」
必死になって訴えながら想いを馳せる。
ねえ、マルコ。わたしを好きでいてくれたって、ジャンが言ったことは本当? だとしたら嬉しいよ。もしも違ったとして、嘘でも嬉しい。わたしは、人として、友達としてマルコが大好きだから。
だから、たとえ受け入れてもらえなくても――ベルトルトにとってわたしの想いが、前向きに勇気付けられる力になって欲しい。
だけど、わたしがベルトルトを想う気持ちは、ベルトルトにとって苦痛な重みでしかなかったら。
だとしたら、わたしは――。
「ベルトルト、エレンを返して」
冷たいミカサの声が、時間を裂くように発せられる。
「……駄目だ。できない。――誰かがやらなくちゃいけないんだよ……誰かが、自分の手を血で染めないと……」
その時だった。
「お前らそこから離れろ!」
駐屯兵のおじさんの声にはっとすれば、巨人の大群がこちらへ向かっていた。その先陣を切って率いているのはエルヴィン団長。さっきも今も団長が何をしたいのかわからないけれど、このままだと巨人の群れと正面衝突。離脱して避けるべきだとわたしでもわかる。
「今すぐ飛べ!」
その通りだと理解していても躊躇すれば、
「イリス! 行くぞ!」
ジャンに腕を掴まれた。
「ま、待って……!」
引っ張られる腕に抗って、わたしとベルトルトを隔てる鎧の巨人の手にすがる。たったこれだけの距離なのに、遠い。遠すぎる。隙間からしか姿が見えないのがもどかしい。
「ベルトルト、一緒にいさせて」
バランスの悪い場所で、どうにか体勢を整える。
「来ないでくれ、僕のいる場所に」
「ううん、わたしは行く」
「僕は来て欲しくない」
はっきりとした拒絶の声だった。
「僕はたくさん殺した。これからも殺すしかない」
「これからのことは一緒に考えよう。わたしじゃ力不足だろうけど、それでも、ジャンやアルミンに協力してもらうことは出来るよ。一人じゃなければ、きっと出来る」
人頼みになるけれど、仕方ない。
わたしにミカサやアニのような戦闘力はない。
わたしにジャンやアルミンのような頭脳はない。
わたしにサシャやコニーのような野生的感はない。
胸を張ることが出来るのは、ベルトルトを想う気持ちだけ。それは誰にも負けない。
「世界中が敵になっても、わたしはあなたを一人にしたくない」
「――イリス」
大好きな声で名前を呼ばれた。
胸が高鳴った瞬間、
「しつこいよ」
背筋が凍りつく。
「僕は、君が、嫌いだ」
(2017/10/21)
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