■ 無力な人間のありふれた末路

 世界から、音が何も聞こえなくなった。

 自分が今、どこにいるのかもわからなくなる。

 初めてだった。

 ベルトルトに『嫌い』だと言われたのは、初めて。

「イリス……?」

 ジャンの声で、世界に音が戻る。
 気遣うようにわたしを見ているのがわかった。

「だ、大丈夫か……?」

 わたしは自分の拳を握り締める。

「よ」
「よ?」
「よっしゃあああああ!」

 わたしが拳を突き上げると、ジャンはぎょっとした顔をして、

「はあ!? 何でお前そんなに元気なんだよ!?」
「『好き』の対義語は『無関心』、つまり『嫌い』と『好き』は類義語だよジャン! つまり! あとちょっと! あとちょっとで好きになってもらえる! むしろここから! わたしの戦いはここからだから! ――ふぁっ!?」
「心配した俺が馬鹿だった!」

 ジャンに腕を引っ張られて、身体が宙に投げ出された。力の差には勝てなかった。

 こうなってしまうと、立体機動へ移るしかない。反射的にアンカーを射出して、手近な馬へ跨る。

「だ、誰の馬!?」

 わからないけど借りるしかない。

 エルヴィン団長に散開を命じられて、わたしたちは鎧の巨人から距離を取る。

 振り返った時、鎧の巨人は多くの巨人と激突し、群がられて身動きが取れずにいた。

「地獄か……?」

 ジャンの呟きに、その通りだと思う。現実とは思えない光景。

 だけど、あの中心にベルトルトがいる。わたしは、行かなきゃ。

 エルヴィン団長からエレン奪還の突撃命令を聞きながら、ついさっきの言葉を思い出す。

『僕は、君が、嫌いだ』

 ベルトルト、違うよ。わたしを本当に突き放したいなら、もっと他の言葉があるのに。

「って、今はそんなこと考えてる場合じゃない」

 エレン奪還に務める仲間に紛れて、わたしも突撃する。右、左、前、後ろ、巨人だらけ。

 早速右から妨害が入った。垂れ目の巨人。10m級くらい。

「邪魔! どいてよ!」

 叫んだところで巨人に通じるわけがない。

 馬を離れて上空へ逃れても、立体機動装置はいつまでも宙に留まっていられるように設計されてない。

 倒さなきゃ、と意を決して巨人のうなじへ突撃したけれど、

「浅い!」

 仕留めきれなかった。

 もう一度、と攻める前にサシャが討伐してくれた。

「イリス大丈夫ですか!?」
「ありがとうサシャ!」

 それ以上のやり取りを交わす間もなく、どんどん巨人が押し寄せてくる。

「あああわたしには無理いいい!」

 思うように討伐する距離まで攻めることが出来ない。無駄にガスを消費してしまう。でも、怖がってちゃだめだ。わかっていてもうまく動けない。どうしよう。こんな時、マルコなら何て指示してくれる?

『イリスは補佐に回るんだ!』

 頭の中で響いた声に、はっとした。

「わ、わかった、了解……!」

 怖いけれど、巨人の顔に近づくよりずっとやりやすい。

 体勢を立て直しながら周囲を確認。進行方向にユミルと格闘している巨人を見つけて、

「たあああああ!」

 歯を食いしばりながら足の腱を削げば、相手の体勢を崩すことが出来た。その隙にユミルが敵のうなじを食いちぎる。

「ありがとうイリス!」
「ど、どういたしまして!」

 クリスタに手を振ると、アルミンの背中が見えた。巨人を何体も躱しながらエレンを目指して、少しずつ距離を詰めている。つまり、ベルトルトのいる場所へ。
 アルミンの頭脳にわたしは足元にも及ばないけれど、体力や身体技能に関してなら負けない。付いていけるはず。ベルトルトへの最短ルートだと自分を奮い立たせて、必死に追いかけた。

 それは正解だった。アルミンが鎧の巨人の頭へ到達する。私も上昇しようとアンカーを射出した時――突風のように、誰かが横を通り過ぎた。

「え?」

 エルヴィン団長だった。

 団長は、ほんの一瞬の隙をついて、ブレードでベルトルトの身体を深く斬り裂く。

 思わず呼吸が止まる。あんな風に身体を裂かれたら、死んでしまう。――でも、ベルトルトは巨人だから、大丈夫なんだっけ。

 その点でほっとしていたら、

「総員撤退だ! 帰るぞ!」

 ジャンが近くに来た。団長の一閃でベルトルトに背負われていたエレンは自由となり、その身体はミカサに抱えられていた。

 エレンが奪還された今、みんながここにいる理由はない。

「わたしは帰らない。ベルトルトと一緒に行く!」
「まだそんなこと言ってんのか!? 馬鹿言うな!」
「馬面に言われたくない!」

 つかまれた腕を振り払って、鎧の巨人の身体を昇る――けれど、そこにも巨人がいた。巨人がいない場所なんて、ない。

「ベルトルト!」

 巨人の腕を叩き落として、思いきり叫ぶ。声は、届いた。宙吊りから体勢を整えたベルトルトが振り返ってくれた。

「わたしも! 一緒に! 行く!」
「っ、だめだ、来ても君は殺されるだけだ!」

 好きになるだけじゃ、どうすることもできない。

 わかってるよ、そんなこと。

 だけど、それでも――

「ベルトルト、わたしは……!」
「イリス!」

 悲鳴に近い声で名前を呼ばれた。

 誰の声なのかわからないまま振り返ると、目の前に、巨人の口が――


(2017/11/03)
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