■ この恋を罪と呼ばれても
勢い込んで森へ入った矢先、すぐに問題が発生した。
巨人化したライナーが森を出てしまったからだ。つまりここからじゃ立体機動で追えない。
「そんなあああああ! せっかく立体機動装置が手に入ったのにいいいいい!」
乗り手がいなくなった馬を探そうにも簡単に見つかるはずがなかった。
「だ、誰か……! 馬……!」
とりあえず地上へ降りて叫んでいると、
「イリス!」
後ろから名前を呼ばれた。振り返って誰なのか確かめる前に伸ばされた手をつかむ。
一気に引き上げられて、馬の上へ乗せられた。
「ありがとジャン!」
「お前、血だらけじゃねえか! ライナーたちにやられたのか?」
「違うよ、これはわたしの血じゃない」
全速力の馬で走りながらだから、舌を噛まないように気をつけて会話を続ける。
今の状況を聞くと巨人化したユミルがクリスタを連れ去ったようで、エレンも相変わらず向こうの手中にあり、こちらとしてはこのまま逃げられると圧倒的に困ることになるらしい。
周りを確認すれば104期のみんなも馬に移っていた。わたしたちよりも少し前にいる。わたしを後ろへ乗せるために落とした速度を取り戻そうとジャンが手綱を操りながら、
「お前はまた拐われるかもしれねえからあいつらに近づくな! このまま馬で――」
「さっき置いて行かれたからそれはない」
遠ざかる背中を思い出して、胸が苦しくなる。もう、これ以上離れたくない。
鎧の巨人とは距離がまだあるけれど、追いつけない速度じゃない。
「わたしはベルトルトと一緒に行く! エレンを取り戻すことに関しては協力するからこのまま連れて行って!」
「はあ!? 何言ってやがる、ふざけんな馬鹿! お前は本っ当にベルトルトのことばっかだな! わかってんのか、あいつは――」
ジャンはぐっと堪えるように歯を食いしばって、
「イリス。お前、あいつにどれだけの人間が殺されたかわかってんのか?」
「……わたしの感情は、誰にも良くは思われないよね」
罪。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
サシャは『そのままでいい』と言ってくれたけれど、あの子は優しいから。
「ただ、好きになっただけなのに――」
「……お前、もうベルトルト好きでいるのはやめろ」
「…………え?」
ぽかんとしていると、
「もっと他にいるだろ。お前を大事にするヤツは……ったく、何で死んだんだよマルコは……!」
ジャンは舌打ちして吐き捨てるように言ったけれど、
「ん? どうしてマルコ?」
わけがわからない。首を傾げてたらなぜか怒ったように怒鳴られる。
「自分で考えろ!」
「無理だよ、わたしが頭良くないこと知ってるでしょ? 座学だってマルコがいたからどうにかこうにか――」
「だーかーらー! お前が好きだったんだよ、あいつは!」
「…………はい?」
何を言ってるんだろう、ジャンは。
「そんなのありえないよ。ジャン大丈夫? 疲れてるよね? いつもにまして顔が馬っぽいし」
「お前なあ!」
「だって、マルコみたいな立派な人がわたしを――」
「まったくその通りだ! どうかしてる!」
「そこまで言われると複雑だけど、やっぱりそうだよね?」
わたしはやさしい声を思い出す。
あたたかいまなざしと一緒に。
『僕にも好きな女の子がいるからだよ。そして彼女を想うことをやめられない』
『イリスの髪も綺麗じゃないか、亜麻色って僕は好きだな』
『僕にとって、ありのままのその子が一番だからだよ』
ねえ、マルコ。本当に?
「嘘だよ、そんなの……だって、どうして……」
今はそれどころじゃないのに戸惑って、頭の中が混乱する。
「どうしよう。わたし、どうしたらいいの」
「……どうしようもねえだろ、あいつは死んじまったんだから」
でもよ、とジャンが続ける。
「ベルトルトもそんな気持ちじゃねえの? 今のお前みてえに困った顔、いつもしてたじゃねえか」
「…………」
わたしの気持ちは、ベルトルトを困らせてしまうだけだ。
さっき壁の上で考えたように、ベルトルトのことを考えずに一方的な気持ちを押し付けるだけの、こんなわたしが好かれるはずがない。
誰にも望まれることがない、わたしの想い。
だけど、それでも――ベルトルトはわたしに触れてくれたから。
死んで会えなくなると諦めたのに、もう一度会えたから。
ベルトルトのしたことが気の迷いでも、ここで立ち止まりたくない。
「――わたしはベルトルトと一緒に行く」
「っ、お前はそれでも兵士か!?」
怒鳴られて、頭を下げるしかなかった。
「ごめん、わたし、最初から兵士じゃなかったよ」
親から逃げるためだけに志願してしまっただけの、15歳だ。
ジャンは何も言わなくなった。
背後の巨人との距離を目算していると遠くにエルヴィン団長が見えた。それも大量の巨人を引き連れてこっちへ向かっている。何をする気だろうと思ってしまうけれど、わたしに理解できるはずがない。
「あのね、ジャン」
「……何だよ」
「三年間、ありがとう」
周囲の喧騒と地鳴りは絶えない。それでいて静かに感じた。状況なんて、心の持ち方ひとつなんだと理解する。
「ジャンがいてくれて楽しかったよ。訓練仲間はたくさんいたけれど、誰かを好きになる者同士? そういう人は少なかったから……ジャンがいて、嬉しかった」
「お前、何で今そんなこと――」
「多分、今しか言えないと思ったから」
自分でもよくわからない直感だった。きっと、もうこんな風に話すことはない。
「ふざけんな。お前、壁の中戻ったら覚えてろよ」
我ながら不思議なくらい落ち着いている。焦りも恐怖もない。
前方へ顔を向ければ目指した背中にもうすぐ追いつく。
もうすぐ、会える。
大好きな人に。
(2017/09/19)
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