■ 今のわたしに出来ること

 目を開けてまず見えたのは、ほっとしているベルトルトの顔だった。

 あれ? ここ天国?

「やっとお目覚めか、イリス」

 少し離れた場所にユミルがいた。ライナーも。それからエレン。

 わたしたち、何をしていたんだっけ。そもそもどこだろう、ここは。木々に囲まれて、全員が枝の上にいる。

 頭がぼんやりしてうまく考えられない。

「わたし……生きてる……?」

 考えるより先に声が出た。かなりかすれていて、喉が痛いくらいだった。咳き込んでいると、

「ごめん、熱で少し火傷してるかもしれない」
「ん……大丈夫、だよ」

 喉以外にも肌が少しひりついていたり、身体中が地味に痛むけれど、我慢出来ないほどじゃない。特に問題はなさそうだった。

 ぼんやりしていた頭が、やっとはっきりし始めた。そして思い出す。――意識を失う直前に、何があったのか。

「っ、ベルトルトー!」

 名前を呼びながら飛びついたら、誰かに襟首をつかまれて引きはがされた。ライナーだった。

「よし、いつも通りだな。――それなら問題ないだろ。お前はここに置いて行く」
「はい!?」

 現状が全然全くほんの少しも理解できないけれど、ベルトルトと引き離されることはよくわかった。

「ちょっと待って! そんなの嫌! どうしてわたしを置いて行くの! そもそもどこに行くの!?」
「お前に説明する必要はない」
「そんなあ!」

 ちゃんと説明してほしいのに、そんなことはまるで望めない態度だった。

「それじゃあ……どうしてわたしをここに連れてきたの?」

 この場にいる全員の共通点は『巨人化することが出来る』ということくらいはわかる。わたしを除いて。だからわたしがここにいる理由がわからない。

 するとライナーはなぜか複雑そうな顔つきになって、

「用があったのはお前の立体機動装置だ。それだけだ。それに尽きる」
「そんなの……」

 その時になって気づいた。自分の立体機動装置がなくなっていることに。それはベルトルトの腰に装着されていた。ライナーの腰にあるのは恐らくエレンのものだろう。

「別に、立体機動装置なら誰のものでも良かったはずでしょ? それなのにどうしてわたしだったの? それに……」

 どうしてわたしを殺さなかったの?

「……どうしてなのか、わからない」

 ベルトルトが呟くように言った。

「ただ……君の声が聞こえたんだ」
「わたしの……声?」

 あの時、わたしは何を言ったっけ。

 でも、大声を上げたわけじゃないから、普通なら聞こえるはずがない。

 それなのにベルトルトの耳に届いたということは――

「愛の力!?」

 思わず叫んでベルトルトの手をぎゅっと握れば、

「そうだよね! 間違いなくそうだよ! だから――」
「何言ってやがるんだ! イリス!」

 エレンだった。よく見れば両腕が大変なことになっているけど大丈夫なのかな。

「こいつらは巨人だ! ずっと敵だったんだぞ! オレたちを騙してたんだ!」

 エレンが怒るのは当たり前だと思う。ずっと、巨人を憎んでいたんだから。

「そうだけど、でも、エレン。わたしはベルトルトの味方でいたいんだよ。味方になれば、もう敵じゃない!」
「だからそいつは巨人だって言ってるだろ!」
「それはそうなんだけど……!」

 エレンが言いたいことは充分にわかる。だけど、だからこそ。

「よくわからないけど、何か、きっと、のっぴきならない事情があるんじゃないかなって……!」

 今までのわたしはベルトルトのことを何も知らなかった。知ろうともしていなかった。

 だから、知りたい。そうすれば、今よりはわかることがあると思う。

「ええと……だから……」

 こんな時、どうしたらいいのかな。

 わたしに、何が出来るのかな。

 助けを求めた時に浮かんだのは、マルコだった。19班自慢の班長。マルコがいたら、どうするだろう。

 マルコなら、きっとこう言うんじゃないかな。

「――話し合おうよ」

 すると、ベルトルトとライナーがびっくりしたようにわたしを見た。そんなに驚く必要があるのか聞きたくなるくらいの表情だった。

 あれ? そんなに変なこと言ったかな?


(2017/05/10)
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