■ せめて声だけあなたへ届け

 結局、わたしの提案は受け入れてもらえなかった。悪くない考えのはずなのに。そして状況は変わらないまま今に至る。もうすぐ日没。

 これからどうしよう? わたしは何をすればいい?

 まず、目的を明確にしよう。これは最初からずっと揺るぎなく変わらない。

 ベルトルトと一緒にいたい!

 これが最優先事項。だから今はいいけれど――いつまでもこの状況が続くとは思えない。だからと言ってわたしの頭じゃそれ以上考えられないんだけど。

 どうなるにせよ、とりあえず知っておきたいことがある。そう思って巨人の力によるものらしい手足を修復中の彼女に近づいた。

「ねえユミル。どうやったら巨人になれるの?」
「は? イリスお前、巨人になりたいのか」
「裸になるのはちょっと恥ずかしいけど、ベルトルトの側にいられる手段の一つとして知っておきたい」
「やめとけ。お前は巨人にならない方がいい」
「どうして? ユミルは自分とクリスタのこと以外どうでもいいでしょ。わたしのことは気にしな――あだっ!?」

 べしっと額を叩かれて、突然の衝撃に身体のバランスが崩れて枝から落ちた。

「ひょわっ!?」

 慌てて腕を伸ばしてギリギリぶら下がる。下にいる巨人たちが一斉にわたしを仰いで血の気が引いた。

「ちょっとユミル! 危ないよ!」
「ああ悪い丁度叩きやすそうな位置にあったもんで」

 四苦八苦して枝に足をかけているとエレンとライナーが取っ組み合いを始めた。エレンはまだ両腕がちゃんと治ってないのに、すごい根性だ。わたしが息切れしながら身体を枝の上に戻した頃には決着がついていて、ライナーが意識のないエレンを紐でくくりつけて背負っていた。そしてベルトルトがユミルを背に――って、ちょっと待って! わたしは!?

「わたしを置いていくつもり!?」
「さっきそう言っただろうが。そのうち調査兵団が来るはずだ。回収してもらえ」
「ここまで来て離れるわけないじゃない! どこまでも一緒に行くよ!」
「お前に用はない。邪魔だ」

 ライナーに一蹴されて、わたしは本命に顔を向ける。

「連れて行ってくれるよね? ここまで連れて来たんだから」
「それは……」

 ベルトルトが視線を伏せた。

「イリス、それくらいにしとけ。俺たちはお前と相容れねえよ。分かり合えない」
「ライナーは関係ない! わたしが話してるのはベルトルト!」
「ベルトルトにお前は不要だ」

 エレンを乗せたライナーが枝を蹴って、立体機動に移った。

 ベルトルトはこっちを向いてくれない。その背中にいるユミルは黙ってわたしたちを見ている。代わって欲しいなと思いながらわたしが大好きな横顔を見ていると、ベルトルトは苦しそうな表情で口を開いた。

「僕は、人殺しだ」
「それが何? 前に言ってたよね、『誰が、人間なんかを殺したいと思うんだ』って。ベルトルトは殺したくて殺したんじゃないでしょ?」
「僕は巨人なんだ。もう、人間じゃない」
「それでも好き! 優しいところも、強いところも、少し気が弱いところも、笑った顔も、困った顔も、大好き! 知らないところはこれから全部知りたいくらい、大好きだから!」

 喉が痛い。でも、言わなきゃ。伝えなきゃ。じゃないと、届かない。

「だから一緒にいたいの! お願い、連れて行って!」
「……巻き込んで、ごめん。どうかしていたんだ、僕は」

 そう言い残すとベルトルトも枝を離れた。そして立体機動に移る。

「……っ」

 わたしは、置いていかれた。

「ばか! ベルトルトのばか!」 

 視界がにじむ。泣きそう。ううん、泣いてる。涙が止まらない。

「ここまで連れて来て置いて行くとか、ふ、ふざけんな! 乙女心をもて遊ぶとは何たる悪行! 許すまじ! こ、この長身黒髪短髪の優男があああああ!」

 思いつく限りの悪態をついて、叫ぶ。

「ベルトルトなんて、だいっきらい!」

 そこまで叫んで、わたしは膝をつく。

 遠ざかる四人を見送ることしか出来なくて、悔しくて、悲しくて。

 追いつけない。今度こそ、もう、行けない。だって、こんなに遠い。

 わたしは――

「もう、ベルトルト好きでいるのやめるっ。やめるんだから!」

 口にしてから思い出す。前にもこんな風に喚いたことがあった。あの時に隣にいてくれたのはマルコで――

『たとえどうにもならなくて、どうすることも出来ないとしても――それでも、イリスはベルトルトを好きでいることはやめられないと思うよ』

 そう、言ってくれた。

「………………そうだね」

 簡単に嫌いになれたら苦労はない。

 三年間を思い返していると、今までじゃ考えられなかったことが昨日と今日だけでたくさん起きた。

 その間にわかったことがある。

 この三年間は無駄じゃなかった。
 この三年間に意味がないわけじゃなかった。

 ううん、無駄でも無意味でもいい。そんなこと、関係ないから。

 だってベルトルトがわたしに触れてくれたから。

 あのやさしいてのひらを、忘れたくない。

 だから、まだ――諦めたくない。諦めない。諦めちゃだめだ。

 立ち止まるな、イリス・フォルスト!

 わたしは目元をぎゅっと拭ってから深呼吸して、立ち上がる。そしてもう一度叫ぶ。

「――なんて、そんなの嘘だからねー! やっぱり好き! 大好き! すぐに追いかけるから! 絶対に! だから、待っててねー!」

 ベルトルトがわたしを連れて行ってくれないなら――わたしが勝手について行くまでだ!


(2017/06/05)
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