■ エピローグ
目の前にいる女の子は血まみれで、もう虫の息だった。
僕なんかを好きになったからだ。
最初からそんな感情を持たなければ、或いはずっと前に諦めてくれたなら、こんなことにはならなかったかもしれないのに。
いや、絶対にこうはならなかった。
僕を追いかけて巨人の群れに飛び込むことなんて、しなかったはずだ。
「…………」
今まで数え切れないほど人間が死ぬところを見てきた。
今まで数え切れないほど人間を殺してきたから。
海の向こうにある大陸で。
この島の壁に囲われた場所で。
だから死に心を痛めることさえ、僕には赦されていないんだ。
そんな僕が、どんな想いで彼女を看取ればいいんだろう。
「ベルトルト」
僕の名前を呼ぶ声が、それだけで幸せそうに聞こえた。
もう、意識を留めるのが限界なのだろう。
『わたしのことなんて、「何とも思ってないからどうでもいい」って、言ってほしい』
彼女の最後の願いを叶えたいと思った。
望み通りの言葉を伝えて、全て終わらせてあげよう。
わかっている。彼女は何も満足しない。
ただ、僕を慮ってくれているんだ。
「イリス」
だから、僕は――
「君のまっすぐな瞳が、好きだよ」
イリスが目を見開いた。
「どんな時も、諦めずに前を目指すひたむきさが好きだ」
僕は言葉を続ける。
「よく通る声をずっと聞いていたかった。笑顔をずっと見ていたかった。亜麻色の髪が綺麗で――そんな君が、大好きだった」
この感情は恋じゃない。
それでも君が好きだ。
この気持ちは、嘘じゃない。
僕は君が、一人の人間として、大好きだったんだ。
「ずっと、君が羨ましかった。自分の気持ちに素直なところが眩しかった」
羨ましくて、眩しくて。
僕は君のようにはなれないから。
「うれしい……」
イリスは泣いていた。
「ずっと、そう言われたかった……」
幸せそうに笑いながら涙を流していた。
彼女はちゃんとわかっている。僕の好意が、自分と同じものではないこと。それでも、確かに喜んでくれていた。
「ありがとう、ベルトルト」
違うよ。お礼を言うのは、僕の方だ。
僕のことを好きになってくれて、ありがとう。
救われていたんだ。僕という存在を肯定してくれた、君に。
でも、言葉にすることが出来なかった。
頬を伝う涙がそれを邪魔したから。
だけど、この瞬間――確かに僕たちの気持ちは通じ合えたと感じた。
(2017/12/30)
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