■ 最後の願いはただ一つ

 誰かを好きになることって奇跡だよね。
 だって、その人がいると世界がきらきらして、毎日わくわく出来るようになるんだから。
 ベルトルトと出会うまで、わたしはそんな世界を知らなかった。そんな毎日を過ごしてなかった。

 だからベルトルトがいなくなると、かつて過ごしていた日々に戻ることになる。

 そんなのは嫌だよ。

 何も知らない頃ならまだしも、わたしは知ってしまったから。

 その一心でわたしは大好きな人を追いかけた。そのことに迷いもないし、後悔もない。

 奇跡の話に戻ろう。
 誰かを好きになることが奇跡であるように、誰かに好きになってもらえることも奇跡だと思う。

 わたしが誰かに、マルコにそんな奇跡を起こすことが出来たのかな。わからないけれど、そうだとしたら嬉しいと思う。

 その上で奇跡と奇跡が起きること、つまり両想いになることなんてこの世界では有り得ないかもしれない。
 わたしもマルコのことは好きだったけれど、ベルトルトに対する『好き』とは違うから。思いが通じ合うことは難しい。

 だけど、この世界には愛し合う夫婦や、ハンナやフランツみたいな恋人同士がいることを知っている。

 ありえないはずの奇跡は起きる。

 でも、だからといって、自分も彼らのようになれると思うことは間違いだった。大間違いだった。

 つまり、何が言いたいのかってことだけど――わたしに奇跡は起きなかった。




 ゆっくりと目蓋を押し上げる。月が見えた。綺麗な、夜空。

「ここは……」
「壁の上だ。ウォール・マリアの壁の上」

 ゆっくり顔を向けると、わたしと同じように横になっているユミルがいた。

「……助けてくれて、ありがと」
「いいや、私はお前を助けてない」

 汗を拭いながら、ユミルは言った。

「お前はもうすぐ死ぬからだ」

 その言葉に、わたしは血を吐きながら頷く。

「そうみたい、だね」

 わたしの身体を巨人が噛み砕く前に、ユミルがそいつを倒してくれたけれど、ちょっと間に合わなかったみたい。

「でも、ここまで連れて来てくれた」
「私の口の中じゃ、居心地悪かっただろ」
「そんなこと、なかったよ。ユミル、ありがと、本当に」

 とにかく息苦しくて、目が霞む。

「わたしのからだ、どうなってる……?」

 自分の身体がどうなっているのか、わかるようなわからないような。

「腹と背中にぐるっと巨人の歯型。深くはないが肋は完全に折れてるな。背骨もヒビくらい入ってるだろ。ま、上と下が分かれる前で良かったとはいえ――」

 ユミルが顔をしかめた。

「出血が、ひどい。ちょっとこれはどうしようもない」
「……そっか」

 死ぬのか、わたし。

 実感がないのが本音だけど、

「ユミルは、もういいの? ここまで来たら、もう、戻れないんじゃないの?」
「……あいつにあと一度だけ会いたい、そう思ったのがちゃんと叶ったから、いい」
「何度でも、会いたいものじゃないの?」
「もう充分だよ。生きると決めたから生きた。死ぬ時も同じだ。もういいんだよ、私は」

 潔いと思っていると、ユミルがライナーの名前を呼んだ。

「あっちへ連れて行ってくれ」
「……わかった」

 それ以上は何も口にすることなく、二人は壁の上を歩いて行ってしまった。

 やさしいよ、やさしすぎるよ。

 ベルトルトと二人だけにしてくれるなんて。

 これ以上の最期はない。

 ありがとう。本当に、ありがとう。

「ねえ、ベルトルト」
「……何?」

 顔を向けて見えた、膝を抱えて座るいつものスタイルが、こんなにも愛しくて、幸せな気分になる。

「ベルトルトは、ちゃんと幸せになれる?」

 きっと、何もかもに事情があったんだと思う。だってこの人は、ずっと苦しんでいた。

「苦しんだ分だけ、幸せになれそう?」
「しあわせ……」
「生まれて来て良かったなあ、って思うこと」
「……僕は、幸せにはなれないよ」
「そっか。じゃあ、『幸せになってね』って言ったら、難しそうだね」
「……ああ」

 幸せを祈ることは、負担になりそう。

 何をしてあげられるかな、わたし。

 残された、短い時間で。

 すぐに考え付いて、それくらいにわたしはこの人が大好きなんだってことを思い知る。

 そしてその気持ちが、もう決して報われないことを。

「――ねえ、ベルトルト。お願いが、あるんだけど」
「……何?」

 自分でも弱々しくて聞き取りづらい声でも届いたらしい。良かった。

「わたしのことなんて、『何とも思ってないからどうでもいい』って、言ってほしい」

 ベルトルトが怪訝そうな様子になった。

「どうしてそんなこと……。それに、何を言ったところで君は、どうもしないだろう。『嫌い』だと言ったところで君は、ここまで来て、結局止まらなかったじゃないか」

 そうだね、その通りだよ。でも、

「だって、ベルトルト、わたしのこと好きじゃなくても嫌いでもないでしょ。その辺り、ちゃんと言ってくれないから、わたしみたいな諦めの悪い女にいつまでも追いかけられるんだよ。――ちゃんと、言って。そうしたら……諦める、から」

 全部、終わりにするから

 あなたの重荷にならずに、お別れ出来るから。

 さよなら出来るから。

 あなたのために出来ることを、せめて最期に、わたしにさせて欲しい。


(2017/12/09)
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