やっぱり未来は残酷だけど
 およそ100年、壁の中は概ね平和だったらしい。だがその代償は845年に支払われることになった。シガンシナの壁を蹴破った60mの超大型巨人の出現に対応出来なかった人類は、ウォール・マリアを放棄。こうして人類の活動領域はウォール・ローゼまで後退した。

「…………」
「…………」

 リーベに確かめれば、何もかも真実だった。

 それから二人とも黙り込んで一体どれだけ経ったのか。

 うつむくリーベの表情は、見えない。

「…………」

 何でだろう、シガンシナが巨人の領域になっていることに失望するのは当然なのに――そのことよりも、ずっと心に引っ掛かることがある。

 何で言わなかったんだよ、リーベ。何で俺に教えなかったんだ、そんな大事なこと。

 そのことが信じられないというか、信じたくねえというか。

 ふつふつと込み上げるのは、怒りの感情に似ていて。

 何で俺はこんなに苛立ってるんだ。

 その時、部屋にソルムが飛び込んできた。

「やっべえええええ! アンヘル、班長の嫁さんが怒鳴り込んで来て愛人疑惑の男か女かよくわからねえヤツと一緒に三軒隣で飼われてる愛犬ジョセフィーヌまで暴れ出して工房が大変なことに!」

 意味がわからねえよ、何がどうなってるんだ。

 だが、そんなことはどうでも良かった。

 今、この場を離れられるなら少し冷静になれるはずだ。

 そう思って立ち上がる。扉へ向かえば、

「アンヘル」

 小さな声で名前を呼ばれた。つい足を止める。

 振り返ることはしなかった。何となく。だからあいつがどんな顔をしているのかわからない。

「気を付けて、行って来てね」
「……ん」

 一先ず騒ぎになっているらしい工房へ向かっているとソルムが隣を走りながら、

「え、何? すっげえ空気悪かったけどお前、リーベちゃんと喧嘩したの? やめとけよ、兵士連中にぶっ殺されるぞ」

 ソルムが隣で話すのを無視しながら考える。

 俺が本当の意味で未来に対して絶望するとするなら、リーベがこの時代で生きることに苦しんでいることだ。

『お前が未来の時代を生きられるようにしてみせるから』

 あんな風に約束したのに、それが果たされていないなら、あいつを未来へ帰した意味がない。

 そりゃあショックはある。俺の知るシガンシナが未来じゃ巨人の領域とか冗談じゃない。

 でも、奪われたなら取り戻せばいい。

 簡単なことじゃなくても出来るはずだ。この時代の武具と兵力なら、きっと。

 だから。それでいいのに。

 リーベが笑って生きていてくれるなら、俺はそれだけでいいのに。

「え? あんな顔させた原因お前だろ? オレ見ててすっげえ心痛くなったんだけど」

 思わず足が止まった。

「…………俺、声に出してた?」
「だだ漏れ。未来云々はよくわかんなかったけど。シガンシナ陥落知らなかったとかお前は記憶喪失なの?」

 ソルムが深くは考えていないようでほっとする。

「――なあ、お前が花屋の恋人に何か隠し事されたら、どうする?」

 訊ねればソルムは何度か瞬きしてから、

「やっぱりお前リーベちゃんと付き合ってたんだ?」
「違う」
「喩えにオレの可愛い恋人を持ち出すあたり、そうだろ普通。――んー、その質問の答えだけど、そりゃあオレの可愛い恋人のことだし何か理由があってそれはオレを慮ってのことだったんだろうなあって思うよ。だから言ってやるんだ、『なあんだ、そんなことか!』って」
「それが、隠して欲しくなかったことでもか?」
「お前なあ、人間なんだから隠すことの一つや二つあるだろ?」

 そう言ってソルムは自分の袖をぐいっと捲り上げる。腕の広範囲にひどい火傷の痕があった。

「オレとしちゃ別に見られても全然いいけど、相手にそんな顔させるのが申し訳ねえから隠してやってるわけ。わかる?」

 俺が何も言えずにいると、

「許せないこと、この世界にはたくさんあると思うぜ。信じた相手が何か隠していたことも、その一つだろうし。でもさ、何もかもが許せないことはねえと思うんだ。いくら感情が理屈じゃなくても、何でもかんでも許さない人間は何様なんだって聞きたいね、オレは」
「…………」
「人間は、許すことが出来る。そうすることで拓かれる未来があるはずだ」

 未来、の言葉が重く響いた。

「ま、何にせよ隠し事してたその子とこれからどんな関係でいたいかじゃね? それ考えたら、今どうすべきか何するべきかわかるだろ?」

 ソルムは袖を元に戻すと、そのまま先に行ってしまった。

 俺は立ち止まって、想う。

 リーベにも理由があって、考えた上で俺に未来のことを黙っていたんだ。それがあいつの独りよがりだとしても。

「…………」

 わかってるよ、俺がシガンシナ陥落の未来を知ってがっかりしないようにリーベが気を遣ったんだってことくらい。

 でも、俺は言って欲しかった。話して欲しかった。

「あ」

 その時になって苛立ちの理由がわかった。
 俺があいつにどうして欲しかったのか。そしてそのために俺に足りなかったことは何か。

 そのために、明日にでもリーベと話そうと思った。

 先延ばしになんかすべきじゃないとは思わずに。


(2017/07/11)
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