Novel
いつまでも無力ではいられない

 今回の壁外調査は一泊がかりの大きな規模であるため、古城を野営地とすることになった。
 予定よりもガスを使い過ぎてゲルガーさんに怒られながらも怪我なくたどり着いたことにほっとしていると、

「――え?」

 耳を疑う情報が流れてきた。

 ここへ来るまでの道中で、ペトラが命を落としたらしい。

 何度も巨人の襲撃があったから、無理もないかもしれない。

 でも、違和感がある。

 なぜなら『恐らく』でしかないから。

 だって、誰もペトラの死体を見ていないという。
 それはおかしい。
 巨人は人間を丸ごと綺麗に食べることが少ない。

 誰も確認していないペトラの死を、納得することが出来ない。

 だから私は行動に起こすことにした。

 そう考えたのは私だけではなくて、現在この場にいるのはエルドさんにグンタさん、そしてオルオさん。
 見張り以外の全員が就寝時刻となった深夜、私たちは作戦を決行することにした。

 捜索経路を確認後、

「――この救出作戦の最優先事項は二次被害を防ぐことにあります。次に優先すべきは、上官へ、そして周囲にこの作戦の決行を悟られないこと。さらに明日の作戦に支障を出さないこと。……そして、ペトラの救出です」

 私の言葉にオルオさんが顔をしかめる。

「優先順位おかしいだろうが」
「いや、リーベの言ってることが正しい。本来俺たちは行動を起こすべきではないんだ」

 エルドさんが言った。
 私は広げていた地図を畳みながら、

「では、オルオさんは待機でお願いします。一時間後に照明弾を上げて合図を下さい。それを目印に私たちは戻ります。当然見張りは照明弾に気づくでしょうが、装備点検で誤射したと伝えるように」

 オルオさんは目を見開いてから、私を睨んだ。

「何で俺が……! 嫌だ、俺は外に出てペトラを探す。合図はお前がやれ」
「いいえ、オルオさんがやって下さい」

 今のオルオさんは冷静じゃない。このまま外に出たら戻ってこない可能性がある。照明弾に気づかないかもしれない。気づいても、そのまま探索を続行するかもしれない。もしそうなってオルオさんが戻らなかったら最悪の事態だ。それは避けなければならない。

「仕切ってんじゃねえよ、俺たちはお前の部下か! 違うだろ!」

 私に掴みかかろうとしたオルオさんの腕を先に掴み、勢いを受け流す。体勢を崩したところで軽く足を払った。
 そのまま転んだオルオさんが起き上がって再び私に向かった来たところをグンタさんが押さえ込む。

「ふざけるなよお前……!」
「今のオルオさんは冷静ではないので捜索に出るのは危険です」
「決め付けるな! 俺は――」

 悪態をつくオルオさんに苛立ちが募る。こんなところで時間を取っている場合じゃないのに。
 一体どうすればいいんだろう。私にこの人を納得させる力が、役職が、地位があればいいの?

 駄目だ、どうしよう、私も冷静じゃなくなっている。今こんなこと考えても仕方ないのに。

 深呼吸をしていると、エルドさんが私の肩を宥めるように叩いてからオルオさんに言った。

「落ち着けオルオ、必ず俺たちがペトラを見つける。必ずだ」

 エルドさんの説得を経て五分後、作戦決行――三人で古城を馬で飛び出す。
 幸い満月。行動に移せたのも、この月明かりのおかげ。
 予定通りエルドさんとグンタさんと別れ、私は森の中を馬で駆ける。今日の戦闘があった場所の近く。
 夜のため巨人の姿はない。夜行型の巨人が出てきたら最後だけど、その可能性は低いと切り捨てて捜索を続ける。
 死体も可能な限り回収したから目につくことがない。

「ペトラ……どこに……」

 声を上げても仕方ない。大した距離に届かないのはわかってる。

 だから片手で指笛を定期的に吹きながら森を進む。

 そのうち、照明弾が空へ昇った。思わず息を呑む。

「嘘。もう、そんな時間……」

 矢のように時間が過ぎたことに愕然とする。

 帰らなきゃ。

 でも――

「…………」

 オルオさんにあんなこと言った手前、帰らなきゃ。

 それでも、最後の悪あがきで音響弾を撃つ。広範囲へ位置を知らせる。

「ペトラ……!」

 周囲は夜の森の沈黙に満ちるだけだった。

 エルドさんかグンタさんが見つけたことを願うしかないと捜索を打ち切ろうとした矢先。

 聞こえた。

 アンカーの射出音。ガスを吹かす音。

 そして――

「リーベ!」

 ペトラだった。

 私は馬から降りて、両手を広げる。

「ペトラ!」

 互いに駆け寄り、指先が触れて、手と手を握り合う。遠心力でその場をぐるりと回ってから思わず抱き合う。

「良かった、無事で!」
「信じられない、どうしてここに……!」
「ペトラを探しに来たんだよ!」
「えっと、それは……」
「上官には秘密でね」

 ペトラの話を聞けば、戦闘中に巨人の腕で吹っ飛ばされてしまい、木の洞の中で気絶していたらしい。結果巨人に見つかることはなかったけれど、仲間にも気づかれることなく時間が経過したそうだった。

「どうして探しに来てくれたの? 目が覚めたら外は暗いし馬もいないしもう壁まで走るしかないと思ってたのに……」
「誰もペトラの死体とか見てなかったから、絶対におかしいと思って」

 事情を説明しながら二人で馬に乗り、野営地へ戻った。見れば、エルドさんとグンタさんの馬もいる。私が最後らしい。

 早く報告しないと。でも、ペトラの姿を見ればそれだけで充分かな。そう思いながら古城の入り口へ向かえば――

 エルドさん、グンタさん、オルオさんの三人が直立不動の姿勢で並んでいた。どうしたんだろうと近づけば、三人の向こうに、私とペトラから死角の場所に、

「お前ら――」

 兵長がいた。

 まずい。
 全部、ばれてる。

 思わず身体が強張って、何を言われても耐えられるように備えると、

「すぐ、寝ろ」

 数分後には全員が毛布にくるまっていた。




 微睡むことなく私は唐突に目を覚ました。
 懐中時計を見れば四時間半ほど眠っていたらしい。普段よりも短い睡眠時間だけど、身体も頭もすっきりしていた。壁外でこれだけ休息を取れたなら充分だろう。

 周りを起こさないように、外へ向かう。
 すぐに見つけた。見張り台に兵長がいた。

「おはようございます。――あの、兵長」
「……何だ」

 振り返らない兵長に、私は言葉を探しながら口を開く。

「今回の件は……私が立案と指揮を行ったので、他の皆さんはお咎めなしでお願いしたく……壁内へ戻ってから始末書はちゃんと、書きますので……」
「何のことだ。俺は知らねえ」

 外を眺めたまま、兵長が続ける。

「ペトラは自力で野営地まで合流した。お前も誰も行動は起こしていないし、問題になることは行わなかった。――それだけだろ」

 不問にしてくれるらしい。私は頭を下げるしかなかった。そして、訊きたかった。

「……兵長。人を指揮することは、難しいですね」

 どれだけ訴えても私の言葉ではオルオさんに耳を貸してもらえなくて。だから私はペトラのことを諦めてしまいそうになった。
 でも、それは、オルオさんが悪いんじゃない。私がオルオさんを説得させる力がなかったからだ。当然だと思う。私を信じて、行動を委ねる根拠も理由もなかった。エルドさんとグンタさんだってそうだっただろうけれど、同じ意見だったから賛同してくれただけで。そうでなければ、私は何も出来なかった。

「私に力が、私に地位があれば、それは容易になるでしょうか」
「そのために、力と地位が欲しいのか」
「それですべてが思い通りになるほど世界が甘くないことはわかってます。でも、大事な人たちを守るには……必要なものですよね?」

 そこで兵長が振り返って、私を見た。静かな眼差しだった。

「『力がすべてだ。力さえあればいい』――俺にそう教えたヤツがいた。間違ってはねえと思う」

 誰のことを話しているのかはわからない。でも、この人にとって大事な人なんだと感じた。

「だが、力を持つことで伴う困難もある。この世界はそう都合良く出来てねえ」

 兵長が息をつく。重く、長く。

「お前が欲した力は、お前がそのうち得られるものだ。時間と経験を伴って生き残り続ければ、必然的に。だが、対価も求められる」
「…………」
「なあ、リーベ。お前はこの世界に何を望むんだ」
「え?」
「力が欲しいんだろ。だが、お前の望みに何が必要なのか、それが力なのか、もう一度考えてみるんだな」

 その言葉をゆっくりと考え、わかりましたと頷いてから私はその場を離れることにした。

 野戦糧食を仕分ける仕事があることを思い出しつつ階段を下りようとして、ふと訊ねる。

「兵長は何か欲しいもの、ありますか?」

 何を訊いているんだろう、私。この人はどちらかといえば無欲な人なのに――

「……ある」

 あるのか。

 今度、それが何か訊いてみよう。

 そのためにも、今日の壁外調査も生き抜こうと思った。


(2019/01/29)
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