Novel
お前に翼を与えよう

 外へ出れば、とてもいい天気。誕生日日和だ。

 朝の訓練前。まだ日の出前の早朝に兵服と立体機動装置を装備して、私はひとり訓練用の森へ向かう。

 前々からやってみたいことがあった。

 私が翼を得るのは兵士として戦う時だけだけれど、それを忘れて飛んでみたかった。
 立体機動装置という名の翼を広げ、風の声を聴くあの瞬間にすべてを委ねてみたかった。

 普段なら、出来ないことを――

「だって、誕生日、だから」

 自分が生まれた日を自分で祝う、毎年の恒例行事は普段なかなか出来ない、やってみたいことを行うと決めていて、今年は胸に抱えたガスを目一杯吹かす計画を立てた。
 貴重な備品なので、ガスはもちろん自腹で買い取った。それを頼んだ時はミケ分隊長に怪訝な顔をされたけれど、そんなことはどうでも良い。技術班の人は面白いと言ってくれたし。

「おい、何をしている」

 背後から声をかけられて振り返れば、見慣れた姿があった。

「……兵長こそ、お早いですね。こんな時間から」
「俺はいつもこの時間から起きている」

 そこで兵長の目つきが鋭くなった。

「リーベ、答えろ」
「ええと……」

 嘘をつくのもどうかと思ってあるがまま話せば、兵長が立体機動の訓練を行う森を見渡す。

「この森でそれをやるつもりだったのか」
「そうですけれど」
「もっと高い場所があるだろうが」

 そう話す兵長が指差す先にあるのはウォール・ローゼ。

「壁っ?」
「行くぞ」
「え、あの……」

 どうして一緒に行くことになっているんだろう。目的地も変わっているし。
 よく見れば兵長も立体機動装置を付けていて、私は慌てて先へ歩き出した彼を追いかける。
 
 こうしてあっという間にウォール・ローゼの壁の上へ立体機動装置で上りきってしまった。

「リーベ、お前の立体機動装置は外せ」
「あ、あの、それじゃ飛べません」

 飛ぶ願望はあっても、飛び降りる願望はない。

「お前がひとりで飛ぶよりも、俺がお前を抱えてでも飛んだ方が高く行けると思うが」
「え? ええっ? 抱える?」

 頭を混乱させながらも、言われた通りに私は順序通りに立体機動装置を外した。

「へ、兵長」
「何だ」
「……どうしてこんなこと、してくれるんですか」
「お前が生まれた日なんだろう」

 当たり前のように兵長は言ったけれど、私が聞きたい答えと少し違う。

「それは、そうですけれど……」

 言葉を探していると腕を引っ張られた。

「ほら、行くぞ」

 どんな風に抱えられるだろうかと覚悟していると、ふわりと身体が浮く感覚。

「ひゃあっ」

 何と片腕だけで兵長は私の身体を抱えてしまった。私の両膝の裏に兵長の左腕が通されている状態だ。私が兵長の腕に腰かけているようにも見える。
 何だろう、この抱え方は。俵抱きと横抱きの中間?
 とにもかくにも珍しいことに私が兵長を見下ろす形になった。

「おい、首につかまっとけ。振り落とされても知らねえぞ」
「は、はい」

 私は震えながら兵長の肩と首へ手を回す。抱きついているみたいで、それに気づくと顔が赤くなるのが自分でもわかった。

「行くぞ」

 兵長がアンカーを発射し、まずは壁を――飛び降りた。

「わ……!」

 自分で飛ぶのとこうして抱えられて飛ぶのとでは随分と感覚が違う。私は思わずぎゅっと目を閉じた。
 少し落下が続いたかと思うと、今度はガスを噴かす音。上昇が始まる。
 風が耳で鳴る声が大きくて、痛いくらいだ。

「リーベ、目を閉じていたら見えるものも見えねえぞ」

 兵長の言葉に――私は瞼を上げる。

「わあ……!」

 言葉通り、壁の上よりもさらに高く高く、兵長は連れて行ってくれた。そこには想像以上の世界が広がっていた。

「雲に手が届きそう……! あ、日の出! 兵長、太陽が出てきました!」

 限りない空は壁外へ出る度に見ている。けれど、こんなにきれいなものは初めてだ。
 こんな夜明けの空の色、見たことがない。
 思わず呼吸を忘れて、その景色に見入る。

 ああ、なんてこの世界は美しいのだろう。

 少し視線を動かせば、すぐそばにある兵長の横顔。

 空の色も綺麗だけれど――この人をずっと見つめていたい。そんな想いが胸に込み上げた。

「兵長」
「何だ」
「今日のこと、忘れません」

 849年の誕生日を、私は生涯ずっと憶えているだろう。
 こんなにも生まれた日を嬉しく思ったことはない。
 強く、そう思った。

 こうして私たちは長い飛翔を終え、上空から壁の上へ難なく着地した。兵長が私を降ろす。

「あの、兵長の誕生日はいつですか?」

 そろそろ訓練の時間なので戻らねばならない。だがその前に私はそれをどうしても聞いておきたかった。

「それを知ってどうする」
「私も何かさせて下さい」

 何が出来るかはわからないけれど、それはこれからじっくり考えよう。

 すると兵長が口を開いた。

「――なら、今もらう」

 そう言うなり、兵長がこちらへ顔を向けた。

「今……?」

 私が首を傾げていると――唇が、奪われた。


(2013/09/14)
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