Novel
絡めた指の祝いと祈り

 今日は開拓地の収穫時期に合わせて毎年行われているお祭り――収穫祭だ。
 決して豊かではない食糧事情。しかし今日ばかりはそれを忘れるように人々は活気付く。845年にこそ行われなかったものの、翌年からは少しずつ再開されたあたり、誰もがこのような日を望んでいるのだろう。
 通りには調理した食べ物を少しながらでも売っていたり、遊びを交えた出店があちこちにあった。音楽や芸を披露する人も多く、かなり賑わっている。

 そしてこの日ばかりは三つの兵団に境目なく、兵士が総出となって巡回に勤めるものだった。しかし驚くべきことに今年は休日をもらえた私である。
 最初は同じように休みだったグンタさんに誘われて収穫祭名物である果実酒の店を巡る予定だったのだけれど、当日になってグンタさんは巡回の兵士として勤務に組み込まれてしまった。こんなことがあるなんてと思えば、グンタさんはもっと驚いて嘆いていた。そりゃあ休みが当日になって潰れればショックだろう。

 仕方がないので私はひとりでお祭りを満喫していると、悔しそうな子供たちの声が聞こえた。
 視線をやれば出店があった。射的屋のようだ。奥には小さな木彫りの動物がずらりと並び、離れた手前の台には玩具の銃が並んでいる。どうやら弾を命中させ、当てて落とせば景品が手に入る仕組みらしい。

 私はふらりと足を向けた。ひとりに少し飽きていた。

「どれが欲しいの?」
「馬!」「犬!」「鹿!」「猫!」「鳥!」

 人見知りしない五人の子供たちに声をかけて顔を見れば、全員よく似ている。兄弟のようだ。
 私は代金を出して、店主のおじさんから玩具の銃を受け取る。弾は五発。
 それぞれの動物が置いてある位置を確認し、私は銃を構える。

「――おじさん、先に言っておきますね」
「は? 何を?」
「ごめんなさい」

 そして私は五回連続で素早く引き金を引いた。




「ありがとー!」の大合唱を聞きながら、私は射的屋を離れる。
 さて次はどこへ行こうかと思いながら、可愛らしい砂糖菓子が売っているのを見つけた。早速購入して甘さを堪能していると、屋根の上にいる立体機動装置を身に付けた兵士に気づいた。これが仕事だというようにこちらを見ている。
 ちなみに見回りは憲兵団がウォール・シーナ、駐屯兵団と調査兵団が分担してウォール・ローゼを受け持っていた。人数の兼ね合いで、調査兵団はこのトロスト区のみの管轄になっている。
 周囲を行き交う調査兵団に対して普段は良い顔をしない人々も、今日ばかりは気にすることなく祭を楽しんでいるようだった。

「…………」

 いつから見ていたんだろう、と私が思っていると屋根にいたその兵士は地上に降り立つ。そして私の元へ来た。

「お疲れ様です」
「ああ」

 そう声をかければ、兵士――兵長は頷いた。

「休憩を取る。少し付き合え」
「あ、はい」

 並んで歩き始めて、私は砂糖菓子をまた舐めた。
 甘さにうっとりしていると、それを兵長がじっと見ていた。

「おいしいですよ。すぐそこで売っています」

 すると兵長はこちらへ顔を近づけたかと思うと、それをぺろりと舐めた。

「ただ甘いだけじゃねえか。お前が作った方がよっぽど――」
「へ、兵長、こ、これ食べかけだったんですけど……!」

 戸惑いながら訴えれば聞く耳を持たないというような顔をされた。こういったことは気にしないなんて、潔癖症な人なのに意外だった。

 そうするうちに私たちは広場へ出た。中央はさらに賑わっていて、男女一組になったたくさんの人が楽器の演奏に合わせ、輪になって踊っている。恋人同士もいれば親子連れもいて、老若男女入り乱れていた。これもお祭り名物のひとつだ。
 砂糖菓子を食べ終えてわくわくと眺めていると、後ろから声をかけられる。

「リーベはお休み? 良かったね」
「そうです、ハンジ分隊長」

 その時、また誰かが近づいてきた。

「リーベじゃねえか、お前も踊れ」
「うわっ、ゲルガーさん!」

 私は腕を引っ張られ、否応無しに踊りの輪へ引き込まれた。

「お酒くさいですよ、勤務中に何してるんですか」
「飲んで何が悪い。せっかくの祭りだろうが」

 今は割と速く明るい曲調で、少し離れてステップを交わす男女の位置が何度か背中合わせで入れ替わる。酔ったゲルガーさんとあまりくっつかなくても大丈夫だったのは助かった。

「ちっ。お前、意外と踊れるじゃねえか。馬鹿にしてやろうと思ったのに」
「ゲルガーさんの足がふらふらなんですよ! 馬鹿みたいに見えるのそっちですからねっ」

 早く終わってこの曲!

 そのうち私の願いは叶った。曲が終わったのだ。私は即座に困り顔で見物人の中にいたトーマさんにゲルガーさんを「お願いします」と押し付けた。
 そのタイミングで輪を出ようとすれば、

「お、パートナー交代だってさー」

 明るいハンジ分隊長の声と同時に、突き飛ばされたように誰かが輪の中へ飛び込んで来た。
 私は見事にその人物とぶつかって、

「兵長っ?」

 目の前にいる兵長がものすごい目でハンジ分隊長を睨んでいるうちに、また曲の演奏が始まった。輪が再び動き出す。しまった、私も兵長も輪から出られなくなった。

「おい」
「何ですか」
「やったことねえから教えろ」
「え?」

 踊るの?

 でも、そう言われては臨むところだ。私は慌てて背を向ける形で兵長の前に立つ。そして右手と右手、左手と左手でそれぞれ肩の上と腰元で軽く固定し、指と指を絡ませるようにして兵長と繋いだ。

「この体勢で、右斜めに二歩、左斜めに二歩を音楽の曲調が変わるまで繰り返して歩くだけです。あとは私に合わせてください」

 簡単に説明をして、首を後ろへ傾けて仰ぐ。

「大丈夫ですよ。この曲は初心者にはぴったりですからね」
「よく知っているな」
「ええ、昔はアルト様と毎年――痛い! 兵長っ、手の力を抜いて下さい!」

 添えるくらいだった手がぎゅうぎゅうと痛いくらいに握られて、私は叫ぶ。

 ふと気づけばハンジ分隊長とモブリットさんも輪の中に入っていた。モブリットさんは無理やり引きずり込まれたのがありありとわかる様子だった。
 さっき輪の外へ出したゲルガ―さんは酔いが回ったのか大の字で倒れていて、トーマさんがやれやれと担ごうとしている。

 兵長はそっと息をついた。

「浮かれているな。誰も彼も」
「お祭りですからね。普段の憂いは忘れてお祝いです」
「……お前もだ」
「そんなに浮かれてますか?」
「ああ。今も幸せそうに笑いやがって」
「当然でしょう」

 私は言った。

「兵長と踊れて、嬉しい」

 すると兵長は――またぎゅっと私の手を握った。さっきとは違った力加減で、優しく強く、そして包み込むように。

 やがて曲調が変わり、今度は向かい合って私と兵長は互いの手を握る。

 このお祭りも、この踊りも、今年の収穫に感謝してお祝いをするものだ。でも、それだけではない。翌年の豊作を祈願する意味も含んでいる。

 未来への希望を祈るように、私たちは指を絡ませた。


(2013/11/29)
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