Novel
アードリガーの甘い罠

 ある日。私はエルヴィン団長に命じられ、ハンジ分隊長と出資者の一人である貴族の屋敷まで来ていた。ちなみにゲデヒトニス家ではない。

「私が貴族令嬢の変わり身になって兵長とお見合い?」
「そう! だから今から準備するよ、リーベ」
「あの、ちょっと待ってください。何のためにそんなことをするんですか」

 困惑すれば、ハンジ分隊長が説明してくれた。

「今回のお見合いをすることで、調査兵団への出資金が増える。貴族側のメリットは人類最強と一席設けたと王政にアピール出来ることだね」
「……お見合いする理由はわかりました。でも、どうして私ですか? 普通に考えて、お見合いしなきゃいけないのはこの家の令嬢なのに」
「それがその令嬢、訳あって今は自分の部屋から出られないんだよ」

 私は首を捻る。

「おかしな話ですね。身代わりを用意してまで、お見合いを決行したいなんて」
「う、ん……」

 珍しく歯切れの悪いハンジ分隊長に少し違和感があったものの、私は話を受けることになった。命令でなくても上官に頼まれて断れるはずがない。

 てきぱきと準備を進めるハンジ分隊長に身を任せ、思わずため息が漏れた。

「お見合いって何をすればいいのでしょうか」
「まずは趣味を聞くのが定石だね。まあ、流れに合わせて会話するだけで良いでしょ」
「簡単に言わないでください……」
「そんな困った顔しないでよ。――じゃじゃーん!」

 令嬢に扮するのだから裾を引きずるようなドレスを着るのだろうかと思ったら、分隊長が見せてくれたのは割と着心地良さそうなワンピースドレスだった。
 丈は膝下くらいで、全体は限りなく白に近い薄桃色。黒のリボンが裾や肩口を華麗に彩っている。配色はシンプルなのに、とても豪奢だった。それでいて上品で、大人びた雰囲気を醸し出している。

「素敵、ですね」

 つい見惚れていると、ハンジ分隊長が笑う。

「リーベに似合うと思ってさ」

 身につけてからその場で一度くるりと回れば、裾が花みたいに広がって面白い。どうやら切り込みがそうさせるみたいで、眺めていると胸が高鳴った。こんな服は着たことがない。
 リボンの色に合わせた、つやつやとした黒のヒールも少し高さがあるだけで歩くのに問題なかった。

 これから自分が何をすべきかをすっかり忘れて感動していると、

「それからこれ」
「……ナイフ?」

 突然この場にそぐわないものが出てきたことに戸惑う。

「可憐な花には得てして虫が寄ってくるからさ、念のため」
「はあ……。でも戦闘服と違って隠す場所ないですよ、これ」
「あるでしょ?」

 そう言ってハンジ分隊長は軽く私のドレスの裾を引っ張った。




 一通りの準備を終え、別の経路で先へ向かうハンジ分隊長と別れてから私は馬車へ乗り込んだ。お見合いはこの貴族の家でするとばかり思っていたけれど、会場は別の屋敷になるらしい。

 今日は移動が多いなと思いながら、外の景色を眺める。

 ふと、ため息が漏れた。

「お見合いって……どうしよう……」

 未知の経験だ。相手が兵長であることに安心して、だからこそ緊張する。身体が落ち着きなくそわそわしてしまう。
 私は身代わりなのだから結局このお見合いに意味はない。そうわかっているのに、心穏やかではいられなかった。どんな顔で兵長と向き合えばいいのだろう。

「そもそも、どうして私? ハンジ分隊長、教えてくれなかったな……」

 そんな風に大きな不安と疑問が過ぎるものの、結局は杞憂だった。
 なぜならお見合い会場となる屋敷の前へ到着し馬車を降りてすぐ、すべては始まり、そして終わったのだから。

「今だ! 剣を取れ!」

 会場は三階だっけと思い出していると聞こえた、ただならぬ声。視線をやれば、こちらへ突っ込んで来る合計六つの影が見えた。一目で良からぬ輩だとわかる彼ら全員がそれぞれ武器を握っている。
 何だろう。わけがわからない。でもこれだけはわかる――狙いは貴族令嬢、つまり私だ。
 私と一緒にいた貴族屋敷付きの用心棒二人が即座に前へ出たが、彼らに向かったのは四人だった。
 つまり残りの二人は私の所へ来た。

「…………」

 私は目を眇める。

 普通の令嬢ならここで殺されるか拐かされるかだろうが――私は兵士だ。

「この小娘が!」
「覚悟しやがれ!」

 叫ぶ男たちに対して私は無言で素早く格闘術の構えを取り、一人の腹に足を強く叩き込む。そして翻ったドレスの中、太ももに締めたベルトからナイフを抜き放ち、その刃でもう一人の剣を受けた。
 力で押し切ろうとする男を横へ流して、互いの身体が交差すると同時に首の後ろをナイフの柄で殴って気絶させる。先ほど腹を蹴った男は悶絶していて、すでに戦闘不能だった。

 すると今度は用心棒の一人を倒したらしい男がこちらへ駆けてきたのが見えた。私はナイフを捨てながら倒した敵の落とした剣を二本素早く拾い上げ、両手でそれぞれ構える。

「さあ、来い!」

 向かってくる敵を強く見据えていると――その男の顔面を誰かが蹴り飛ばした。そしてその誰かはあっという間に敵全員を地へ伏せさせる。
 それが誰かなんて、もちろんすぐにわかった。

「兵長!」

 思わず叫べば、兵長は両手に剣を持つ私の姿に呆れたような安堵したような複雑な表情をする。それから屋敷から出てきた団長に鋭く問うた。

「エルヴィン、どういうことだ。説明しろ」




 団長によると、話はこうだ。
 出資者の貴族当主が調査兵団へ持ちかけた話は、以前から令嬢を付け狙っていたという輩の一掃だった。その集団のボスが令嬢に恋をして告白して失恋したのがきっかけだとかで、令嬢が部屋から出られなかったのは常にその身を狙われていたかららしい。
 つまりお見合いはカモフラージュ。外へ出たと思わせた令嬢を襲ってくる相手をおびき出す罠だった。私がわざわざ貴族の家を経由してここまで来たのも、敵に信じ込ませるためだったという。
 そして本来ならば憲兵団にでも頼るべきところを、貴族当主が人類最強である兵長とのお見合いを兼ねることで王政へのアピールを一石二鳥で狙ったということだ。

「真っ先に標的になるはずのリーベと俺にその話をしなかった理由は」

 低い声で訊ねる兵長に団長が答える。

「情報漏洩を恐れた貴族側の意向だ。私と、今回の担当に就いたハンジ以外は誰にも漏らすなと。これが守られなければ出資をやめるの一点張りで、どれだけ説得しても信じてもらえなかった。……結局は貴族側から敵へ話が漏れたようだが」

 その言葉にうなずきながら、ハンジ分隊長は周囲の惨状を眺めた。

「貴族屋敷付きの用心棒はいたけれど全然足りなかったよね。しかも大して役に立ってないし。お見合い会場の中で騒動は起こるように誘い込むって作戦も形無しだよ」
「話が漏れていた場合のことも考えろ。俺のいない場所で騒ぎを起こそうとするに決まってるだろうが。お前が立てた作戦にしちゃ穴が多いな、ハンジ」

 確かに分隊長らしくない。罠が甘すぎる。今日の作戦では令嬢を狙ってくれと言っているようなものだ。

「だって私が立てた作戦じゃないからね。全部、貴族様だよ。私は口を挟ませてもらえなかったんだから」

 ハンジ分隊長の声に兵長は舌打ちして、エルヴィン団長を睨む。

「……何かあったらどうするつもりだった」
「私は君たちを信じていた。――現に二人は誰よりも早く動き対処した。さすがに立体機動もなしにリヴァイが三階から飛び降りるとは驚いたが」
「だよね、外を眺めていたと思ったら急に窓から飛び出すんだもん」

 団長と分隊長の言葉を聞いて、私はつい声を張り上げてしまう。

「三階からっ? 何やってるんですか兵長!」

 立体機動も命綱もなしにそんなことをするなんて!

 驚きと心配が混ざって声を上げれば、そんなことはどうでもいいとばかりに兵長が言った。

「胸クソ悪い話だな。――俺は兵団へ帰る。もう用はないだろう」

 踵を返したかと思うと兵長は私の手をつかんだ。そのまま強く引っ張られて、私は従うほかない。慌てて後ろを振り返れば、申し訳なさそうなハンジ分隊長とやれやれといった様子の団長の姿が見えた。

 しばらく歩いて、痛いくらいに握られていた手が離される。そして立ち止まった兵長が言った。

「悪かった」
「何のことです?」
「こんなことならお前を指名しなかった」
「え?」

 そして私の顔を見ることなく兵長は続ける。その表情には苛立ちと怒りと――後悔が滲んでいるようにだった。

「今回の見合い話を聞かされた時、冗談じゃねえと思った。たまに来る酔狂な話はエルヴィンがいつも断っているからな。だが、相手が貴族でなくても構わないと言われて誰がいいかと考えたら――お前が出て来た」
「…………」

 数時間前にハンジ分隊長へ訊ねた言葉を思い出す。

『どうして私ですか?』

 その謎が、とけた。

「こんな甘い話をろくに疑わなかった、俺の責任もある」
「……兵長」

 素人の考えた穴だらけの作戦には辟易してしまったけれども、今日のことは気にしていないのに。
 団長は私を信じてくれていたし、ハンジ分隊長が何も言えないなりに力を尽くしてくれたことはわかったから。

 だから、そんな顔をしないでほしい。

 突然お見合いの話を聞いて、戸惑ったし緊張もしたけれど。

 私は――嬉しかった。

 その相手が、他ならぬあなただったこと。

「兵長」

 私は彼の前に立って、一度ゆっくりと回ってみせた。
 ドレスの裾がふわりと、花のように広がる。

「似合いますか?」

 兵長は何も言わない。じっと私を見つめるだけだったけれど、構わなかった。厳しかったその表情が、いくらかほどけたものになってくれたから。
 良かった、いつもの兵長だ。――いや、いつもより私のことを見ているような、そんな気がする。

「じゃあ帰りましょうか」

 兵長のまなざしが気恥ずかしくなって背を向けようとすれば、

「リーベ」
「はい」
「――趣味は、何だ」

 兵長は一体何を言っているのだろうかと呆けてから私は思い出す。

『お見合いって何をすればいいのでしょうか』
『まずは趣味を聞くのが定石だね』

 きっと顔が赤くなっているだろうなと思いながら、私は彼の質問に答えるためにゆっくりと口を開いた。


アードリガー…貴族
(2013/11/19)
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