Novel
あなたの居場所に私がなれたら
「ああー、気持ちいー、くうううぅー! そこそこぉー!」
「動かないでくださいね、ハンジ分隊長。危ないですから」
耳掃除が上手くできないとぼやくハンジ分隊長のために、私は耳かきを優しく動かす。
ちなみに膝枕の状態である。別に座ったままでも出来るものだけれど、ハンジ分隊長の希望でこの体勢になった。これはロマンだの人類の夢のひとつだのと説明されたが、正直よくわからない。
「はい。終わりましたよ。他にかゆい所は残ってますか?」
「あー、太ももが柔らかいしあたたかいし幸せ〜、それにリーベってば良い匂い〜」
「ハンジ分隊長、聞いてますか? それに私だって鍛えてますからそこまで柔らかくないです」
「うん、綺麗に筋肉がついているから気持ちいいの。兵士でもリーベの女の子らしさは満点だね」
「おい、何をしている」
「兵長」
不機嫌な様子がありありとわかる声。部屋の主が戻って来た。
「何って耳掃除だよ。リーベは丁度部屋の片付けが終わったとこだったから頼んだの。私がここにいたのはリヴァイに書類を届けるため。つまり時間の有効活用ってこと」
「じゃあさっさと出ていけ、ここは俺の部屋だ。モブリットが探していたぞ」
「はいはい。さーて、仕事に戻るか。ありがとね、リーベ。すっきりしたよ」
「いえいえ、どういたしまして」
耳かきを手に部屋を出るハンジ分隊長へついて私も行く。
これからミケ分隊長の部屋でも掃除しようとでも考えていると、兵長に呼び止められた。
「待て、リーベ」
「はい」
「座れ」
「え? はい……」
言われるままに再びソファへ腰を下ろす。
ジャケットを脱ぐ兵長を眺めながら、一体何事だろうと考えたがまるでわからなかった。
首を傾げていると――兵長がごろりと寝転がり、私の腿の上へ頭を乗せた。
「!」
唐突なことに身体が跳ねあがりそうになったが、兵長の頭が乗っているのでぐっと耐える。
「あの、兵長……?」
「少し休む。十五分後に起こせ」
「でも……枕とかクッション、取ってきますよ? お休みになるならちゃんと――」
「いいからじっとしてろ」
「わ、わかりました」
疑問が止まらない。この状況は何だろう。私はなぜ今度は兵長に膝枕をしているのか。
さっきまでのハンジ分隊長の場合と違って、目的がまるでない。わからない。
そわそわと落ち着かない身体を鋼の心でじっと抑えつける。私は今、世界の未来を担う人類最強の身体を預かっているんだから。無体はできない。
「…………」
しかし何もせずにいるのも、難しい。耳かきもないので手持無沙汰だ。
仕方がないので、これは訓練のひとつだと自分に言い聞かせながら時間の経過を待つ。
そのうち、つい兵長の顔を眺める。目を閉じて静かに呼吸するその姿。いつも鋭い瞳が瞼に隠されたら、とても穏やかな顔になるんだなと思っていると――ふいに不思議な感覚に包まれた。
なぜだろう。
胸の高鳴りが止まらない。
込み上げてくる感情に戸惑う。
思わず逃げるように兵長から目を逸らした。これ以上見ていると心臓が持たない。
どうしたんだろうと自分自身に戸惑いながら視線を窓の向こうへやると、今度は太ももにある重みに意識が集中する。
おかしいな。ハンジ分隊長にした時は何とも思わなかったのに。耳掃除に集中していたから?
窓から吹いてきた風が、兵長と私の髪をやさしく揺らす。
この時間が幸せだと思った。
心が満たされて、感情があふれる。止まらない。
視線が自然と兵長の顔へ戻る。無意識に彼の髪へ自分の手が伸びてから、慌てて引っ込めた。自分のしようとした行為に驚く。
この人がいるだけで、それだけでいいのに、これ以上何かを求めるだなんて、浅ましい。なんて強欲なのだろう。
私は――どうしてしまったんだろう。
小さく息をつきながら時計を見る。そろそろ指示された時間だ。
いつしかこの時間が終わることが名残惜しくなっている自分自身にも気づいて、私はまた驚いた。
「兵長、起きてください」
私は声をかける。胸にあふれる感情から目を背けるように。或いは、逃げるように。
(2013/09/10)