Novel
過去が迎えに来たら

 同じ班員のゲルガーさんやトーマさんの洗濯物を畳んでいると、ミケ分隊長に声をかけられた。

「リーベ。お前に面会だ」
「私にですか? ――はい、これ。ミケ分隊長に頼まれた分のシャツです」

 それから私は一体誰が来たんだろうと訝しみながら面会室へ向かった。
 するとそこにいたのは、

「兵長?」
「お前が遅いから相手をしていた」
「す、すみません。あの、私に面会というのは――」
「僕だよ、リーベ」

 静かな呼びかけに顔を向ければ、一目で内地の人間とわかる男性がいた。
 目の前にいる彼が最初は誰なのかわからなかったけれど、すぐにわかった。
 綺麗で流れるような金髪に、穏やかな緑の瞳。

「アルト様……?」

 かつて私が内地で仕えていた家――ゲデヒトニス家の一人息子であるアルト様だった。歳が近かったためか、使用人見習いである私にも良くして下さったものだ。

 そこで兵長がここにいるのも納得できた。兵団にとってゲデヒトニス家は貴重な出資者の一人だ。少しでも何らかの形で機嫌はとっておくに限るということだろう。

「――お久しぶりです。どうされました、こんなところまで、一体」

 お会いするのは何年ぶりだろうと驚いていると、 アルト様が優雅に微笑む。

「君に伝えたいことがあってね。実は先月、父の意向で僕がゲデヒトニス家の当主になったんだ」

 私は目を丸くした。

「本当ですか? そんな、ご立派になられて……。おめでとうございます、アルト様ならきっと素晴らしい当主様になれます」

 祝福の言葉を述べていると、アルト様が私の手を握った。その瞬間、兵長のまとう空気がわずかに変化したが、気づいたのは私だけだろう。

「リーベ」

 アルト様が言った。握る手にぎゅっと力を込めて。

「僕はまだ忘れていない。無力だった子供の頃、家から追い出された君を守れなかった冬の夜のことを」
「…………」

 私だって忘れてはいない。
 あの日がなければ、私は今ここにはいないから。

「でも、今ならもう大丈夫だ。僕には力がある。今度こそ君を守ることができる。だから――ゲデヒトニス家へ戻って来てくれないか。どうか僕にまた仕えてほしいんだ」
「え?」
「君がいた頃の家の居心地が、懐かしくてたまらないんだよ。僕は君とまた同じ時を過ごしたい」
「アルト様……」

 思わず言葉を失って、戸惑う。しかし結論なんて、考えるまでもないことだった。

 あの頃の私と今の私は違う。

 私は戦うと決めたんだ。
 私の望む、私の自由のために。
 たとえそれがどれだけ残酷なことであったとしても。

 だからそれを、奪わないでほしい。
 いや、違う。――奪わせはしない。

 燃えるような感情を隠しつつ、私はアルト様に微笑んだ。

「ありがとうございます。そのお言葉で、あの日までお家に仕えていた私が救われました」

 あんなことがあったけれど、ゲデヒトニス家に仕えていたことに後悔はない。あの場所で私はたくさんのことを学べたから。

「しかし今の私は兵士です。この心臓は公へ捧げております。命尽きるまで人類勝利と私自身のために戦うと決めました。だから、ごめんなさい。あの家へ帰ることは出来ません」

 そっと握られた手をほどこうとすれば、ぐっと強い力で握られた。

「!」
「そうか、じゃあ本音を話そう」

 アルト様の瞳の色が、変わった。穏やかなものから油断のないまなざしへ。

「もちろん屋敷へ戻ってきてほしいというのは嘘じゃない。でも、本当は使用人としてではないんだ」
「……それはどのような意味ですか?」
「君が欲しいんだよ、リーベ。僕は昔からずっと、君に恋をしていたからね」


アルト…過去
ゲデヒトニス…記憶
(2013/09/07)
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