Novel
守るべきは自由の永遠

 遮るもののない青空の下で油断は大敵だ。壁という境目のない世界で、巨人と命懸けで戦わねばならないのだから。
 しかし、討伐数も討伐補佐数もこれまでの壁外調査より多くこなしていたせいだろう。その時、愚かなことに私は気が緩んだのだ。
 そんなものはこの壁外で命取りとなるに他ならないというのに。

 現在、旧市街地のひとつで何体もの巨人と戦闘している最中だった。
 ミケ班で役割を分担し12m級を仕留めた後、こちらへ向かってきた8m級を見つけた。ナナバさんと一緒に迎え討とうとしてアンカーを発射し、宙を飛んでから私は気づく。死角にいた10m級の巨人が、顔から私めがけて突っ込んできたことに。

「!」

 逃げられない。

 判断を誤った。

 周囲の環境を正確に認識し、迎撃ではなく、一度距離を置くべきだった。

 逃げても攻めてももう遅い。

 この一瞬が命取りだとわかった。

 ここまでだ。

 死ぬんだ、私。

「リーベ!」

 絶望の中、ナナバさんの声が遠くで聞こえた。応えることなんて出来ない。

 すぐ目の前には巨人の口。すでに誰か兵士を捕食したのか、血で汚れている。唇がいやらしく歪んでいる。

「あ」

 その表情は知っている。十二歳の冬の夜に見たことがある。それを目にして――私の覚悟が決まる。

 逃げようと思うな。
 相打ち上等だ。

 十二歳だったあの日だって、この感情で私は戦い抜いたじゃないか。

 強い意志を持って――私はガスを強く噴かす。そして次の瞬間、自ら巨人の口へ飛び込んだ。
 おかげでタイミングがずれて、巨人が私の肉体を噛み砕く前にうまく滑り込むことができた。
 ぬめる舌の上へ着地して、歯茎へアンカーを刺す。咀嚼されなかったとはいえ、このまま胃に直行するわけにはいかない。
 だから次の瞬間には、闇の中で上顎に向けてブレードを深く突き立てる。痛覚のあるなしはどうでもいい。その衝撃によって、巨人の唇が再び開かれるはずだと踏んだのだ。
 そして狙いは当たった――巨人の口が再び開く。

 見えたのはまぶしくて美しい、外の世界。

 だけど見惚れている暇はない。口が閉じられる前に、柔らかい頬の肉を内側からブレードで破って脱出する。正面から出なかったのは、巨人の視界から少しでも逃れるためだ。

 巨人の唾液と血にまみれながら、私は空中で体勢を整える。

 さあ、次は止めだ。
 こいつを、殺す。

 しかし刃を交換して構えた次の瞬間、さっきまで私を口に含んでいた10m級の巨人が地に伏した。見れば、先ほどまでナナバさんと倒そうとしていた8m級もほぼ同時に倒れる。

「あ……」

 一瞬で二体の巨人を屠ることができる兵士なんて、そうそういやしない。

 私は攻撃態勢をやめると、そばにあった屋根の上へ着地した。
 途端に全身から力が抜けてへたり込む。

 ああ、生きている。死んでいない。信じられない。

 全身が巨人の体液にまみれて気持ち悪いけれど、その感覚さえ生きていると実感できるものだった。

 そんな私のすぐ傍へ誰かがやって来た。顔を向けなくたって、誰なのかわかる。

「兵長……」
「クソが。無茶しやがって」

 汚れた私の手を兵長が躊躇なく握ったかと思うと、そのまま引っ張り上げられた。まだ力が全身に入っていないので操り人形みたいに私は動く。

「だが――リーベ」

 兵長が、私の名前を呼ぶ。

「そうやって、お前は今まで生きてきたんだな」

 私の身体を支えながら兵長がそう言った。

「私は……」

 この命。この身体。誰かに、巨人にその自由を奪われたくなかった。

 あの日から、ずっとそう。自由を損なわれることが赦せなくて、私は戦うことを知ったのだ。

 たとえこの翼の対価が命と身体であったとしても、蹂躙されることを受け入れるなど出来なかったから力を磨いた。

 この生き方を、あなたは何と言うだろう。

 あれ、おかしいな。今までは誰に何を思われようが、そんなことはどうでも良かったはずなのに。

 私が何も言葉に出来ずにいると、兵長の大きな手が顔に触れた。汚れを拭ってくれるかのように、指先で頬を撫でられる。

「悪くない。最期まで戦意を喪うな。戦え」
「兵長……」

 良かった。その言葉がこんなにも嬉しい。
 安堵して、私はうなずく。

「――はいっ」

 両手の柄を握り直して兵長から離れると、私は再び駆け出した。

 戦場へ。


(2013/09/06)
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