Novel
天使を見たアウゲンブリック

「今年も健康診断かぁ」
「不思議ね。この日が来るたびにあっという間な一年だと思うわ」
「わかるわかる」

 848年度調査兵団健康診断であるこの日。ぺトラと一緒に一通りの検査を受けて、私は結果の書かれた紙を受け取る。

「150cmと45kgか……。毎年誤差はあるけど、やっぱりこれくらいが私のベストかな」

 兵士ではないただの女の子ならもう少し体重を落としてもいいかもしれない。だけど私は兵士だ。筋力やバランスとしてはこれがやはりベストだと思う。

「こっちは158cmと55kg。私もこんなものね」

 ペトラがしみじみ呟く。

「そっか。あ、私、ここの数値少し低いなあ……」

 紙と睨めっこしながら階段を上がっていると、踊り場で誰かと強くぶつかった。大方、相手も私と同じように周りを見ていなかったのだろう。

 普通ならそこで互いに謝罪して終わりだが、今回は相手が悪かった。

 なんとぶつかった相手は2m近くあるミケ分隊長。身長、体格共に非常にしっかりとしていて、私じゃ遠く及ばない。

 つまり私はその巨体に吹っ飛ばされた。少し後ろへよろめいただけでも、忘れてはならないことがある。ここは階段の上だ。

「あ」

 真っ逆さまに落ちていく感覚に包まれる。立体機動装置を身に帯びていない状態では飛ぶこともできない。

「リーベ!」

 ぺトラの悲鳴が遠く聞こえた。

 しかし侮らないでほしい。
 私だって調査兵団に籍を置く兵士だ。
 立体機動装置での訓練で鍛えた三次元の空間把握能力には自信が――。

 どさっ

「……あれ?」

 床へ落ちるまでに体勢を整える前に、私は誰かの腕の中にいた。
 顔を上げると驚いたような顔をしている兵長と目が合った。彼がこんな表情をするなんて珍しい。

「あ、ありがとうございます、兵長」

 横抱きにされた状態から慌てて降りようとするが、兵長は動かない。降ろしてくれる気配がなかった。

「兵長?」
「リーベ」
「はい」
「お前は――人間か?」
「……は?」

 思わず瞬いて、私はすぐそばにある兵長の顔を改めて見た。
 言葉を失う。何を言っているのだろう、この人は。

「人間、ですけど……どうしたんですか、兵長」
「……何でもない。忘れろ」

 そこでようやく兵長は私を降ろす。
 ひらりと私から遅れて舞っていた紙を空中でつかむと、それを一瞥して私へ渡してくれた。

「気をつけろ」
「す、すみません」

 するとなぜか目頭を押さえながら、兵長はどこかへ歩いて行った。

「リーベ、大丈夫っ?」

 階段を駆け下りてきたぺトラに、私は訊ねずにはいられなかった。

「……ねえ、私って巨人に見える?」
「兵長に何を言われたのっ?」




 一方その頃、視力検査室では団長と兵長の間でこんなやり取りがあったらしい。
「どうしたんだ、リヴァイ。目なんか押さえて」
「……幻覚を見ただけだ」


アウゲンブリック…瞬間
(2013/09/05)
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