Novel
視線を奪うメートヒェン

 苛々してしまう日は、誰にだってあると思う。いつも許せることを不思議と許せなくなる時があるのだ。
 匂いを嗅がれて鼻で笑われるだなんて日常茶飯事のはずなのに。背後にいた直属の上司であるミケ分隊長を投げ飛ばし、今日は一日謹慎を言い渡された私がいる。

「何をやっているんだ、お前は」
「も、申し訳ありません」

 普段以上に眼光鋭い兵長の前で私は頭を下げる。現在、土下座の姿勢だ。

「わかっているのか。相手が悪ければさらに重い処分があってもおかしくない。いいか、感情を制御しろ。どうせならそれを力に変えてみろ」
「……やってみます」
「やってみますじゃねえだろ、やれ」
「は、はい。やります」
「わかったならいい。――今日は俺の部屋に来い」
「あれ? 謹慎じゃないんですか」
「今回の謹慎にお前を躾ける意味はない。しかし兵団の規律として処分は言い渡さなくてはならないものだ。上官を投げ飛ばしたんだからな」

 兵長は続ける。

「よって表向きは謹慎。裏で今日は俺の仕事に尽くせ」

 わかりました、と返事をしようとした矢先、部屋の扉が盛大に開かれた。

「話は聞いたよ! リーベ、面白いことしたねぇ。その小っちゃい身体でよくミケを投げたもんだよ」
「ハンジ分隊長……」
「勝手に入って来るんじゃねえ」
「まあまあ、どうせ今日はここで謹慎させるんでしょ? だったらもっと楽しい一日にしてあげるからちょっとこの子を借りるよ、リヴァイ」

 誰の返事も聞くでもなくハンジ分隊長は私を兵長の部屋から連れ出して、楽しげに隣の部屋へ入れた。

「あ、あの……」
「着替えて、リーベ」
「……これ、給仕服ですか?」
「メイド服って言ってよ」

 そして私は渡された服に着替えるなり、また兵長の部屋へ連れて行かれた。

「なんだその格好は」

 私の姿を怪訝な顔で眺める兵長。
 ハンジ分隊長が私を兵長の前へ押しやる。

「リーベに似合うと思ってさ! 私の見立て通りだね。どう思う、リヴァイ?」
「……動きづらそうな服だな」

 その言葉に私は口を開いた。

「そんなことありませんよ。昔、着てましたから」
「そういえば内地に仕えていたんだったか」
「もっとシンプルなものでしたけどね。ちょっとこれは装飾過多です」

 黒のワンピースドレスに、控えめにも愛らしいフリルのついた白のエプロン。白のキャップには優雅にリボンがついている。

「いいんだよ、目の保養の意味もあるんだから」

 じゃあ良い一日を、とハンジ分隊長は私と兵長を残して風のように去っていった。
 部屋に残されたのは、沈黙。

「ええと、何をしましょう?」

 兵長の顔を仰いで訊ねれば、彼は書類の山がある机へ向かって腰を下ろした。

「適当に動け」
「わかりました」

 手始めに窓を開けよう。
 そう思って静かに動けば、何年も前になる使用人見習いだった頃の生活を思い出した。重たげなスカートのさばき方も忘れていない。

 身に沁みこんだものは簡単に忘れられないものなんだな、と窓を磨きながら思った。

 そうして午前中は部屋を片付けたり床や棚を掃除をしたり拭いたりしていると、あっという間に食事時になった。

「昼食はどうします?」
「……ここにいろ。俺が二人分取ってくる」
「え? でも……」
「リーベ、お前は謹慎中の上にその格好で出歩く気か」
「ああ……」

 納得。私は兵長にぺこりと頭を下げた。

「お願いします」

 部屋にひとり残されて、気づく。

「あれ?」

 見ればまだ書類の山は減っていない。
 兵長ならこれくらいさっさと終わらせてしまうのにおかしい。どうしたんだろう。この午前中、一体何を?
 その頃、食堂で交わされている兵長とハンジ分隊長のやり取りを知らないまま、私は首を捻るしかなかった。




「ちょっとちょっと! 痛い痛い! 感謝こそすれ、頭が潰されそうなくらいつかまれるっておかしくない? おかしくない?」
「あんなもんが部屋にいると仕事に身が入らねえんだよ。どうしてくれる、クソメガネ」
「だったら着替えさせればいいのに。あの子は命令すれば従うよ?」
「…………」
「あ。もうあのメイド姿が見られないのは嫌なんだ? 出来るならずっと見ていたいんだ? ワガママだなぁリヴァイは――あだだだだだだ!」


メートヒェン…少女、メイド
(2013/09/01)
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