Novel
儚くも刹那に幸福

 こんなに天気の良い日は洗濯をするに限る。休日ならば、なおさらだ。

 私服に着替え、朝食を終えた私はのんびりと木桶と洗濯物を抱えて物干場へ向かった。今日はカーテンを洗うのだ。大きいものなので、洗い終えたらすぐに干せる場所の方が都合良かった。

「さて、と」

 早速木桶に水を入れて、石鹸を泡立てる。そこから長いスカートを託し上げて裸足でカーテンを踏み洗い。

「うーん、綺麗に使ってたつもりだったのに……」

 水がどんどん濁り始めた。思いがけない汚れに驚いたが、泡と一緒に目に見えて楽しい。

 あたたかな日差しに、心地良い風も吹いて、思わず鼻歌を歌ってしまう。

「これでよし、と」

 すすぎまで終えて、端から絞ってもまだずっしりと重い。それを干そうと悪戦苦闘していれば、後ろからひょいと取り上げられた。

「おいおい。自分の身の丈をわかってねえな」

 ゲルガーさんだった。

「ったく、せっかくミケ班は非番だってのに分隊長は自主訓練、トーマは実家、ナナバはシーナへ買い物、リーベは洗濯、ろくでもねえな」
「いやいや、全員休みを有意義に使ってるじゃないですか」

 それに、と私は続けた。

「洗濯していたら気分が良くなりません? 風や日差しも感じられて気持ち良いし、幸せだなって」
「わっかんねえよ」

 一蹴された。残念だ。

「兵士やめて《洗濯屋リーベ・ファルケ》でも開いたらどうだ、お前。儲かるぞ多分」
「何を言っているんですか、私も午後は自主訓練をします」

 するとゲルガーさんは目を輝かせて、

「お、それは俺が昨日披露した立体機動の新しい一撃離脱戦法の訓練か?」
「違いますよ。私にあんな力技は出来ません。――それより早くゲルガーさんのカーテンを持ってきて下さい」
「はあ?」
「せっかくなので、ゲルガーさんの部屋のカーテンも洗ってあげましょう」

 私は片目を閉じて、そう提案した。




「――ちょっと、この水は何ですか」

 黒い。黒すぎる。私のカーテンの比ではない。どれだけ汚れていたんだと恐ろしくなりながら、ひとりでゲルガーさんのカーテンをひたすら踏み洗いしていれば声をかけられた。

「何をしている」

 足を止めて私は相手へ向き直る。兵長だった。普段の戦闘服姿で、手には何やら書類の束を持っている。

「お前、確か今日は休みだろう」
「はい。だからカーテンを洗っているんですよ。とても良い天気ですから」

 説明すれば、兵長の視線は私の足元へ訝しげに注がれた。

「足で洗うのか?」
「ええ、こんな大きなものは手だと洗いきれませんし。見てくださいよ、汚れてるように見えなくてもこんなに汚れてるんですね。水が真っ黒になっちゃって」
「……楽しそうだな、お前」
「ええ、楽しいですよ」

 私は両手を広げて笑いかける。

「洗濯していたら気分が良くなりません? 風や日差しも感じられて気持ち良いし、幸せだなって」

 ゲルガーさんにも言ったことを訊ねれば、

「……ほう」

 兵長はただじっと私の顔を見つめ続けた。

「今度――」
「え?」
「俺の部屋の分も頼む。いつでも構わない」

 その言葉に私はつい目を丸くしてしまった。

「い、いいんですか?」
「ああ、時間に余裕があるなら部屋の掃除も。――お前なら、任せる」

 そう言い残すと、兵長はどこかへ行ってしまった。
 私はしばらく立ち尽くす。風がやわらかく吹いて、時間の経過に気づく。

「……嬉しいな」

 役に立つこと、信頼されることに、とても心が満たされる。

 私はここにいてもいいのだと、そう言われているように思えるから。

「よし、洗いますか!」

 早くこのカーテンを洗い終えて、兵長の部屋のカーテンを取りに行こう。

 そう決めて丹誠込めて洗っていると、泡からシャボン玉が生まれてふわりと舞った。


(2013/08/29)
(2014/03/16)
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