Novel
凍えた孤独の深淵を憶えている

「掃除炊事洗濯は私の得意分野なの」
「調査兵団、って戦う人間ばかりだと思ってました」
「もちろん私も戦うよ? でもね、そればっかり出来ても駄目だと思うの。日々の生活の基盤があってこその強さだよ」

 材料を無駄のないように使い、本来の味を最大限に引き出し、調理する工程とその奥深さを説明するという炊事実習も終盤となった頃。
 徐々に打ち解けてきてくれた104期訓練兵のエレンと私はそんなことを話していた。どうやら彼は調査兵団を志願しているらしく、そのことが私は嬉しかった。意志の強い綺麗な瞳が眩しかった。

「とはいえ私は好きだからここまで突き詰めたけれど、普通は最低限出来れば困らないから必要だと思うことだけ覚えてくれたらいいよ。きっと役に立つから」
「本当に今日聞いたのは役に立つことだらけでした。まさか芋にあんな活用方法があるなんて……!」

 目をきらきらさせながら話すのはサシャだ。この子は食への欲求が常人よりも強いらしいことは一緒に過ごす短い時間の中でもわかった。

「リーベさんはどうして調査兵団に入ったんですか? 俺は巨人をとにかくぶっ殺したいんで調査兵団を志望しているんですけれど」
「私はね――」

 話し始めようとした矢先に、鍋が噴く。料理が完成したらしい。
 また今度話すね、とエレンに告げて、訓練兵たちへ指示を出す。
 まあ、あとは食べるだけなんだけど。

 私は空いている席へ腰を下ろすことにする。アニの隣だ。

「いただきまーす」

 味見はしたけれど、最初の一口は肝心だ。ぱくりと食べて、咀嚼する。

「うん、これなら大丈夫かな」

 兵長へ持って行っても恥ずかしくない味だ。最初に実習したあの日から毎回、兵長に食事を持って行くことになっていたのでほっとした。

「味、どうかな」

 隣にいるアニにそう聞けば、おいしいです、と言葉を返してくれた。

「あまり調理は好きじゃないみたいだったね」

 実習中のアニを思い出してそう言えば、彼女は静かに目を伏せる。

「すみません」
「謝ることじゃないよ。調理は無駄なことだって、切り捨てる人もいるし」

 率先して行えば、時折奇異な目で見られることもあるものだ。変人集まりとされる調査兵団なのに時々物悲しくなる。気にしないけど。

「それにね、出来ないことは出来る人にしてもらえば良いと思うよ。みんながいて、ひとりじゃないんだから」
「……調査兵団は、壁外調査の度に多くが命を落としているそうですが」

 アニは続ける。

「それでも、ひとりじゃないんですか」

 その言葉は、周囲から喧騒を奪った。

「うん」

 私は迷うことなく頷く。

「私は、ひとりじゃない」

 十二歳だったあの冬の夜が今は遠く感じられた。

 それに、かつて新兵勧誘式で兵長が教えてくれたことがある。

 だから私はひとりにはならない。

 兵長が死ぬよりも先に私は死ぬだろうし。

 かつて私を埋め尽くした孤独に襲われることはもうないだろうと思えた。


(2013/08/29)
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