Novel
日常と約束

「おい、リーベ。どこへ行く気だ」

 目的地へ向かって歩いていると後ろから兵長に呼び止められた。

 私は足を止め、兵長を仰いで質問に答える。

「『104期訓練兵に炊事を教えに来るように』とキース教官より要請がありました。それで私、今日から時々夕飯前は訓練兵団へ通うことになったんですよ」

 兵士たるもの、いつ何時であっても自炊くらいできなくてはならない。立体機動、馬術、技巧術などには及ばないけれど、これだって立派な技術だ。

「では、行ってきますね」
「待て。なぜお前に対してそんな命令が出された」

 再び呼び止められて、私は考える。

「夕食を食べそびれて自分で作った時、たまたまエルヴィン団長が来られまして。その時に料理の腕を誉めて頂いたことがきっかけですかね。それで団長から前団長――つまりキース教官へ打診が」
「エルヴィン? 奴に食わせたのか」
「ええ、まあ……」

 料理は好きだけれど、このご時世に材料をむやみに使うわけにはいかない。よって、今の私が自炊をするのは必要に迫られた時だけだ。兵団本部には食堂があるので基本的に必要のないことだから。

「そうか。……そんなナリじゃとても調査兵団の一員には見えねえな」

 兵団の紋章が入ったジャケットは脱いでエプロン、頭に三角巾、腕には芋の籠を抱えている私に、兵長が目を眇める。

「ひどいですね。私はただ掃除炊事洗濯が得意なだけで、歴とした調査兵ですよ」

 苦笑してそう言えば、兵長はふいと顔を逸らしてどこかへ歩き出した。

「まあいい。さっさと行って帰って来い。……お前が作ったものはあとで食わせろ。俺の部屋へ持って来い」
「わかりました。――え?」

 兵長の言葉に疑問を感じた時にはもう、彼はいなくなっていた。

 私は首を傾げる。

「本部に食堂あるのに何でだろ。食べる間もないくらいに忙しいのかな……」

 考える間にも実習時間が迫っていたので、その疑問に向き合うことなく私は訓練兵たちの元へ向かったのだった。

 時は847年。
 直属ではないけれど、上司と部下として私たちの関係はあった。


(2013/08/29)
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