Novel
幸せになるなら、お前とがいい

 調査兵同士による結婚式のせいか今日は朝から誰もが浮かれている。もしも845年のように今このタイミングで超大型巨人にでも壁を蹴破られたら人類は滅亡するに違いねえ。

 そんなことを考えながら俺はリーベを見ていた。主役は白い服を着た花嫁だとわかっていても、つい目で追ってしまう。
 リーベの服はシンプルな装飾で派手さはない。かといって地味ではない。淡い空の色がよく似合っていた。柔らかい表情と楽しげな雰囲気から目が離せない。離したくない。
「今日のリーベは可愛いよね。もちろんいつも可愛いけどさ、今日は特に愛らしさがこれでもかと出てる。リヴァイもそう思わない?」とハンジに言われるまでもなく俺もそう思っていた。
 さらにリーベの髪は普段しないような形に編まれていて、摘んだばかりの花まで挿してある。こいつは自分を飾るのがうまくないから恐らくどれもニファによるものだろう。
 別に飾らなくとも俺には好ましいが、こういった姿は滅多に見られるものではないので目に焼き付けておくことにした。

 よく晴れた空の下、花嫁の周りで談笑している姿を遠くのテーブルから眺めていると、

「リヴァイ、新郎新婦に一声かけてやったか?」

 隣にエルヴィンが腰を下ろした。仕方なく顔を向けてやる。

「後で行く」

 何せ今日の主役の周りは常に人で溢れていた。行けば場所は譲られるだろうが、今は盛り上がってやがるし後でいいはずだ。

 そう考えて、酒のグラスを手に持つ隣の男を横目に見やる。

「エルヴィン、お前は結婚しねえのか。所帯くらい持てばいいとじいさんから言われてただろ」
「じいさん? ――ああ、ピクシス司令のことか。誰に何を言われても結婚するつもりはない。自分がいつどうなるか知れないからな」
「そんな理由でか。俺はそう考える必要はないと思うぞ」

 そう口にしながらエルヴィンの横に腰を下ろしたヤツがいた。ミケだ。

「一緒に幸せになりたいヤツがいるなら、結婚する理由はそれだけでいいんじゃないか」

 そんなことを言ってミケは鼻を鳴らした。
 お前も結婚してねえだろうがと思いながら視線をリーベに戻せば、いつの間にか近くのテーブルへ移動している。ぶつくさ言いながらゲルガーに酒を注いでいた。

「こんなに飲んで、後で倒れても知りませんからね。誰も運びませんよ?」
「うるせえ、めでたい日に飲んで何が悪い。さっさと新しい酒を出しやがれ」
「明日後悔するのはゲルガーさんなのに」

 顔をしかめながら、それでも酒瓶を開けて傾けているあいつも甘い。

「未婚の女性はこちらへ集まってくださーい!」

 司会のモブリットが声を張り上げると、広場の中央へ若い女たちがわらわら集まり始めた。ペトラやニファが気合いを入れている姿が見えたし、新兵の女たちも何やら騒いでいる。

「…………」

 しかしリーベは相変わらず酔っているゲルガーと、さらになぜか泣いているトーマの相手をしていた。

「リーベ」

 名前を呼べば、すぐに顔を向けられた。

「兵長、どうされました?」

 綻ぶような笑顔を見せられて、呼んだ目的を忘れかけたが、集まる女たちを顎で軽く示す。
 するとリーベは合点したように頷いて、

「あれはブーケトスですよ。花嫁が投げたブーケを受け取った人は次の花嫁になれると言い伝えがあります」
「…………」

 俺は説明を求めてねえんだが。

「――行かねえのか」
「え?」

 促せばリーベは何度か瞬きした。きょとんと不思議そうな顔をしている。

 俺は何かおかしなことを言っただろうか。

「リーベ! 早く早く!」
「え? あ、すぐ行く!」

 ペトラに手招きされて、リーベはようやく駆け足で集団へ向かう。ああやって呼ばれなければ行かなかったのだろう。気合いを入れた女たちの中、リーベは場違い甚だしいというように落ち着かない様子だった。
 そのタイミングで花嫁の手からブーケが離れる。

「…………」

 リーベしか見ていない俺くらいしか気づかない程度だろうが、宙を舞うそれを目掛けて周りは力一杯跳んでいたというのにあいつは実力の三割にも満たない高さしか跳んでいなかった。




 翌日。時間を作って訓練場や給湯室へ向かってからミケの部屋へ足を運ぶ。あいつの班の連中なら誰かいるだろうと踏めばゲルガーがいた。机に突っ伏して呻きながら何か作業をしている。

「ゲルガー、リーベはどこだ」
「うおっ、兵長!」

 声をかければ跳ね起きた。顔色が悪い。やはり二日酔いになったらしい。

「リーベは……あいつどこ行ったっけ……」

 少し考え込んでから、

「普段、使っていない部屋の掃除に行くと言って出て行ったような……二階の奥の物置だと思います」
「なら、いい。そこへ行く」

 ああいった場所は時々手を入れるべきだと納得していれば、ゲルガーの手元へ視線が吸い寄せられた。立体機動装置を操る兵士には不可欠である全身ベルトだ。

「何をしているんだ」
「あー、リーベの全身ベルトの部品交換っすよ。あいつ、どちらかといえば左に重心かける癖があるからこっち側の金具ばっかり負担かかって磨耗しやがるんで」
「……本人に直させればいいんじゃねえのか」
「あいつ、部品がもったいないから直すのは壊れる寸前でいいっていつも言いやがって。それじゃ駄目だってわかってねえんだよなあ……そもそもさっさと重心の癖を直せって言ってるんですけど」

 重くため息をつきながら、時折痛むらしい頭を押さえて呻きながらゲルガーは作業を続ける。

「……酒も悪くないが程々にしておけよ」

 そう言い残して俺は部屋を出た。通路を歩く。

「…………」

 同じ班だから当たり前だろうが、俺よりもゲルガーやミケ、ナナバとトーマの方がリーベについて知っていることもある。互いにそれぞれ面倒を見て、関わり合っている。
 別に、そのことについてとやかく口出しするつもりはしない。
 あいつが新兵だった入団当初こそどうなるかと思ったが、今はすっかりあの班に馴染んでいる。それを不快に思うのはどうかしている。

 そう言い聞かせて、違うことを考えることにした。

 二階への階段を上がりながら思い出すのは昨日のリーベの姿。

『花嫁が投げたブーケを受け取った人は次の花嫁になれると言い伝えがあります』

 ああいったことに興味はねえのか? 女なら憧れるだのは単なる偏見なのか?

「わからねえな……」

 それなら俺自身はどう思っているのだろう。結婚することについてだ。

 一緒にいられるならそれでいい。充分だ。そう思って今まで深く考えたこともなかった。

「…………」

 結婚することであいつを自分のものだと周りへ示せることに魅力は感じる。だが、どうも履き違えているようにも思える。

 俺は安心したいのか? あいつを『いい』と思っているのが俺だけじゃねえことは知っている。自分のものにすることで、リーベが他の男から『対象』にならねえようにしたいのか?

 そうだ。それは違わない。
 だが、違う、とも思う。

「…………」

 そういえば、昨日の花嫁の方はこれを機に退団すると言っていたか。一概には言えないがエルヴィンも納得していたからそういうものなのだろう。

 リーベが兵士でなくなることが今ではうまく想像出来ない。あんなにも家仕事が似合う女だというのにだ。
 仮に兵士をやめるように頼んで――拒まれたら立ち直れる気がしない。もし受け入れられても胸に引っかかるものがある。

 わからない。俺はリーベをどうして、リーベとどうなりたいんだ。

 男と女が結婚する理由を――昨日ミケは何と言っていたか。

 記憶を探っていると目的の部屋に着いた。ドアは開いていた。窓も開けているのか、風の流れを感じる。

 室内には教えられた通り、リーベがいた。後ろ姿でも当然わかった。ブーツを脱いで椅子の上に立っている。
 ジャケットは身に付けていない。ゲルガーに預けているためか全身のベルトもなく、白いシャツとズボンで全身が真っ白だった。窓から射し込む陽の光に溶け込むようで、眩しい。

 椅子に乗って何をしているのかと思えば、レースのカーテンを順番に外していた。これから洗うつもりなのだろう。
 やがてすべてを外し終えて、手の中にあるものをじっと眺めていた。

「これ、すごく繊細に編まれてる……綺麗……」

 そう呟いて、突然ぱさりと軽く頭に乗せた。その姿に既視感がある。

 昨日に見た、ベールを被る花嫁のようだった。

「ふふ、これで私も可愛いお嫁さん――なんちゃって」

 カーテンの端を押さえてくるりと半回転。リーベがこちらを向いて、レースがふわりと舞った。その姿に思わず息が止まる。呼吸を忘れた。

 リーベも動きを止めた。目を丸くして俺を見ていた。

「兵長!?」

 悲鳴のように叫んでから慌てて頭のカーテンを取り払う。椅子を下りて真っ赤になってうつむいた。

「どうしてここに……! これは、あの、違うんです! 出来心で! つい!」
「…………」

 可愛かった。

 胸が詰まって言葉にならない。

 俺は――どうすればいいんだ。

『一緒に幸せになりたいヤツがいるなら、結婚する理由はそれだけでいいんじゃないか』

 やっとミケの言葉を思い出して、納得した。

 そうか。
 それなら簡単だ。
 難しく考えることは何もない。

「あ、あの……兵長……?」

 黙ったままの俺にリーベは戸惑うような表情だった。まだ顔が赤い。外したレースのカーテンを胸に抱きしめている。

 俺は部屋へ足を踏み入れた。後ろ手に扉を閉める。ほとんど無意識だ。身体が勝手に動く。

 そしてレースのカーテンを手に取り、もう一度リーベの頭へ軽く被せた。その姿に、らしくもなく胸が高鳴るのがわかる。

 口を開けば、自然と言葉がこぼれた。

「――幸せになるなら、お前とがいい」

 これから何が起きたって、俺にはお前だけだ。

 だから――

 俺と生きてほしい。

 昨日の結婚式で新郎新婦がしていたことを思い出し、頬が赤いままのリーベへそっと顔を近づけた。




 もしも、いつか――こいつが着るのなら見てみたい。

 叶うなら一番近くで、ずっと。

 あの白はリーベによく似合うから。


(2015/12/19)
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