未来は残酷だ
 工房長の許可は難なく降りた。俺の正式な助手が見つかるまでの仮の助手としてリーベは工房で生活することになったのだ。
 ちなみに未来云々の話は伏せて、同じ孤児院の出身者で行き場がなくなったからとしておいた。この方が話は進むと判断したからだ。

 工房長の部屋を出て一連の報告を終えた時、通路で待っていたソルムの腹が鳴った。

「そういやメシは一緒に取ろうと思って食って来てないんだ」

 すかさず声を上げたのはリーベだった。

「何か作るよ。食べられないものはある?」
「……リーベ。お前、メシも作れるのか。ますます拾いものだなアンヘル」
「俺は別に……」

 そこでマリアが俺たちのやり取りを咳払いで一蹴する。

「ソルムは少し我慢して頂戴。先にリーベの服よ。ここにいるならいつまでも兵服じゃいられないでしょ」

 ごもっともだ。

 俺は頭を掻きながら記憶を探る。

「あー、作務衣の在庫が倉庫にあったはずだ。……こいつのサイズがあるかはわからないが」
「それに見て頂戴、あの悪夢みたいだった部屋を片付けたから包帯も真っ黒。巻き直さなきゃ」
「悪夢みたいで悪かったな。包帯は医務室」
「行ってみるわ」

 マリアはリーベを連れてさっさと行ってしまった。

 その後ろ姿を眺めながらソルムが呟く。

「そういえば、今日来た用件を思い出した」
「何だ」
「最近窃盗団がシガンシナ区に出没しているらしい。気をつけろよ」
「ああ、今朝工房長にも言われた」

 直後にリーベが落ちてきたものだからすっかり忘れていたが。

「逃げ足がとにかく速くて目撃者もいないくらいだ。用心しろ。お前の発明品なら試作品だろうと値がつく。見回りには俺たち調査兵団も加わっているとはいえ――」
「調査兵団が見回りに?」

 俺は聞き返して足を止めた。

「壁外の仕事はどうしたんだ? 何でまたそんなことを」

 するとソルムはため息をついて、

「調査兵団のイメージアップ。最近保守派がまたうるさくなってきたからな。巨人を相手にするだけじゃなく解体を防ぐのも仕事のうちなんだ」
「……調査兵団も大変だな。外では巨人に、内では人類に立場を追いやられるとは」

 俺が正直な感想を漏らせば、ソルムは肩をすくめる。

「壁の外で成果を上げることが一番だが、前回の遠征で大損害が出たからしばらくは無理だ」

 その言葉で前回の凱旋を思い出し、帰還を待つ時の言い知れぬ不安がよみがえった。

「……よく怪我もなく帰って来たもんだ」
「当然だ。お前たちがいるんだから」
「そう思うなら転属願いでも書いてくれ」

 言ったところでそれを聞く男ではないとわかっていたが、そうこぼさずにはいられなかった。

「それにしても」

 綺麗に片付いた工房へ戻るとソルムが言った。

「今日は会うなり突然『話がある』とか厳しい顔で言うもんだから、俺はてっきり恋人でも紹介されるのかと思った」

 真面目な顔でそんなことを口にするものだから、俺は何もない場所でつまずいた。

 ソルムは追い討ちをかけるように、

「アンヘル、お前ももう十六だろ? 一端の職人でいるのも鼻が高いが、恋人の一人や二人いてもいいんじゃないか」
「二人もいてたまるか。マリアに怒鳴られても知らないからな」
「冗談だからやめてくれ。――俺が言いたいのはリーベはいい子だってことだ」
「は?」

 俺は顔をしかめて見せた。

「今の話から何であいつに繋がるんだよ。十二歳のガキ相手に何言ってるんだ」
「考えてみろよ。お前が二十歳になった時リーベは十六だ。ほら、お似合いだろ?」
「…………」

 真面目に聞いていられないので足りなくなってきた材料の発注書を眺めてたが、ソルムの話は続く。

「そのうち俺もマリアと所帯を持つつもりだからリーベは俺たちの養子ってことにすれば問題は何もない」
「待て。あいつはこの時代の人間じゃない上に、勝手にそんな話を進めてマリアが黙っているとでも――」

 するとマリア本人が来た。リーベはいないので着替えているのだろうか。とにかくマリアがずんずんと俺たちに近づいてくる。怒っているようだ。まさか会話が聞こえたのかと焦っていると、

「ちょっと、あの子の怪我、どういうこと?」

 低い声だった。

 俺は包帯だらけのリーベを思い出す。確かに怪我だらけだ。

「訓練で出来たわけじゃないらしい。それなら派手に転んだんじゃないか?」
「……アンヘル。今、包帯を外してわかったけれど、あれは転んで出来る怪我じゃないわよ」

 さらっとマリアが言った。

「どういう意味だ?」

 ソルムも俺と同じように首を捻る。

 マリアが厳しい表情で答えた。

「誰かに殴られたり蹴られたり――圧倒的な暴力の痕ね」


(2015/06/04)
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