epilogue
 物凄い勢いで全身をぶつけながら、階段から地面へ転がった。口の中に土が入って、まずい。

 しばらく目をぎゅっと閉じていたけれど、そのうち回転する身体は止まったので目蓋を上げる。周りには転落する原因になった大量の本が散らばっていた。一緒に階段を転がり落ちたせいで本は乱雑に開かれてひどい状態だ。

「う……」

 鈍く痛む身体を起こす。どうにか動くことが出来た。骨は折れてない。多分。

「…………」

 周りを確認すれば訓練兵団だった。時間帯も、夕方。
 かつて、階段から落ちた瞬間のまま変わっていない。

 帰って来た。
 帰って来て、しまった。

「そんな……」

 何が起きたのか頭の中を整理して茫然とするしかなかった。

 受け入れたくなかった。

 だって、過去の時代で過ごした時間は――夢のような日々だったから。

 あの時代にいられたら、この時代に受けた痛みも苦しみも哀しみも、何もかもを忘れていられたのに。

「う……」

 押し寄せるような寒さに震えていると、ある考えが浮かぶ。

 もう一度同じことを繰り返したら、あの時代へ行けるだろうか。
 鐘が鳴るタイミングで、本と一緒に、高い場所から落ちれば――

 そんな風に考えていると、強い風が吹く。

 目の前で開かれたままだった本が、その勢いで閉じられた。

「え……?」

 その表紙が視界に入って、思わず声が出る。

『アンヘル・アールトネンの功績』

 そこにはそう、書かれていた。

「アンヘル……?」

 考えるより先に手を伸ばし、ページを開いた。

 そこには多くの――彼が成し遂げたものが記されていた。

『工房の門を叩いたその日から頭角を現した若き発明王』
『職人にもかかわらず、調査兵団に同行し壁外を探索』
『それまで倒せないとされていた巨人の弱点を発見』
『人類初となる巨人討伐を成し遂げた功労者』
『巨人に対抗する装置の原型を発明し、後に《立体機動装置》と名付けた』

 たくさんの事実がそこには記されていて――

 最後の一文は、こう締められていた。

『彼なくして今日の人類はなかっただろう』

 私は一心に、それを読んだ。

「…………」

 アンヘル。

『常識ってやつは書き換わるんだ。そのために技術は存在する』

 アンヘル。

『巨人が倒せないという常識も、俺が書き換えてやる』

 アンヘル。

『お前が未来の時代を生きられるようにしてみせるから』

 本当に、そんなことをしたの?

「ずるい……」

 そんなことされたら。

「私、逃げてなんて、いられないよ……」

 単なる夢だったかもしれない。

 でも、きっと夢じゃない。

 だってこんなにも、優しくて力強い声が何度もよみがえる。

『俺は信じるよ。――未来の時代を』

 アンヘルが信じたものを、私も信じよう。

 この時代で、生きてみよう。

 違う時代に生きてみたかったけれど、今ならわかる。
 そんなものは関係なくて、大切なのは『生き方』だ。

「頑張って、みるよ……」

 私は本を抱きしめながら、ゆっくりと立ち上がった。


(2015/09/19)
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