ただの宝物
「帰ったなあ」
「帰ったのねえ」
「帰っちゃいましたね」

 ソルム、マリア、ゼノフォンがそれぞれため息をついた。

「作業の邪魔をするなら出て行ってくれ」

 広い共用スペースで、俺は故障した部品を交換する手を止めてから顔を上げた。

 リーベがいなくなって――と呼ぶより俺が無理やり帰してから三日が経つが、毎日これだ。
 別れも言わせてやれなかったことは悪いとは思うが、あの日が『解放の鐘』点検最終日だったんだから仕方ない。次に鳴るのはいつになるかわからない壁外調査が行われる日だったんだから。
 三人それぞれの仕事はどうしたのかと呆れていると、

「散らかってるし」
「お茶も出て来ないし」
「誰ももてなしてくれないし」

 相変わらずの調子だった。今の三人に何を言っても無駄だと悟って作業へ戻ろうとすればゼノフォンが口を開く。

「リーベはこの時代にいた方が良かったんじゃないですかねえ」
「そんなことはない」

 首を振れば、ゼノフォンが首を捻る。

「どうして? あの子はこの時代にいたがっていたように思いますよ?」
「そうだな」

 俺が肯定すると今度はマリアが口を開く。

「それじゃあ、どうしてあの子の気持ちを無視するようなことをしたの?」
「俺のわがままだ」

 まっすぐに視線を返した。

「リーベがここへ来たのは……俺が今の時代に不満を持っていたからかもしれない」
「不満?」
「ああ。やりたいことが、ろくに出来やしないって」

 工具を手に取り新しい部品に交換しながら続けた。

「でも、わかったんだ。どんな時代も、誰かしら不満や嫌なことはあるってこと。だからって、そこから逃げるのは駄目なんだって」
「厳しいこと言うわね。『逃げるが勝ち』って言葉もあるじゃない」
「そうだな。……でも、それだけじゃない」

 俺は続けた。

「あいつがいると助かった。あいつが笑うと嬉しかった。あいつと話すと楽しかった。……幸せになってほしい、って思ったんだ。だから、未来へ帰した」

 一度手を止めて窓の外を見れば、空は澄みきっていた。どこまでも広がって続いている。壁の向こうにも。

「これから、いい時代になる。俺が作った武具でソルムが巨人を倒して、連中がいなくなって、人類が自由に壁の外へ行けるような世界になる。――俺が、そうしてみせるんだ。今よりも、きっと、いい時代にしてみせるから。そんな風に未来を信じたいんだ。そんな世界を、リーベに生きて欲しいんだ」

 三人が何も言わなくなった。まあ、別に納得されなくても構わない。

 そう思っていると、

「なあ、アンヘル」

 ソルムがこちらを見ていた。

「お前、リーベのこと、どう思ってたんだよ?」
「ガキだろ」
「そうじゃねえだろ、誤魔化すな」

 俺は肩をすくめた。

「別に……あいつはただの……」

 自分が口にしようとした言葉に戸惑って黙り込んでしまう。

「何だよ」
「さあ、何だろうな」

 俺は咳払いで誤魔化し、三人を残して自分の工房へ向かうことにした。

「…………よし」

 リーベ。

 俺はソルムたちと交わした約束のために、未来のために、頑張るから。

 いつか、お前の時代に残るような役立つ『何か』を作るから。

 たとえそこに俺の名前が残っていなくても、誰も俺の存在を知らなくても構わない。

『それ』があるだけで、使う誰かがいるだけで、俺は充分に満足だから。
 もしかしたらお前が『それ』を手にすることもあるかもしれないから。

『それ』が何かはまだわからないが――

「やってやるか」

 俺は工房の扉を開けた。


(2015/09/19)
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