集中して作業をしていると時間を忘れる。こんなことは日常茶飯事だ。
気づけばもうとっくに日付が変わっていた。
「……寝るか」
長らく閉じこもっていた薬品室を出て、最後に自分の工房をざっと片付けるために扉を開ければ――がさごそと床の隠し扉を漁っているヤツがいた。ここを寝床にしているリーベだろう。蝋燭も点けず何をやってるんだか。
もしかしたら明暗制御ゴーグルでもして片付けているのかもしれないが、だとしても時間が時間だ。
「お前、そろそろ寝ろよ」
なぜか開け放たれている窓を閉めるために歩きながら声をかければ、
「へっへっへっ、そういうわけにはいかねえんだな」
「俺ら窃盗団の仕事は夜こそ真価が問われるんでね」
隠し扉付近から二人分の野太い男の声がした。同時に立ち上がる巨大な影。
は? 何だこいつら。
思考が止まる。
「動くな叫ぶな」
「両手を挙げろ」
少々距離があるとはいえ、覆面をした連中から脅すように刃物を向けられてしまうと命令に従うしかない。俺は黙って両手を挙げた。
『最近窃盗団が流行ってるみたいだからな。鍵の管理は徹底しとけ』
『用心しろ。お前の発明品なら試作品だろうと値がつく』
まさか本当に現れるとは思わなかった。
防犯に向いた発明でもしておくべきだったかもしれない。今更考えても後の祭りだが。
奥歯を噛み締めていると、
「へえええ、お前が噂の《発明王》か。随分と若いねえ」
「才能ある若者ってヤツだな。未来は明るいじゃねえか」
馬鹿にされているとしか思えない口ぶりだ。言い返しても仕方ないので黙っていれば、
「安心しろ。害がなけりゃ命までは盗らねえよ」
「その通り。俺たちは誇り高き窃盗団だからな」
窃盗団が誇りだのと笑わせてくれる。
だが命は大切にしたいので顔に出さずじっとしておいた。反撃が出来る状況ではないし、そんな気持ちも芽生えない。
そこではっとした。
リーベは?
そばにあるソファを見たが、無人だ。
「うん? 急にどうした?」
「そこにお宝があるのか?」
窃盗団の様子から人質やら誘拐の線はなさそうだ。そもそも認識すらいないらしい。
だとすれば、あいつはどこにいるのか――答えはすぐに出た。
窃盗団の背後に小さな影が立ったから。
リーベは右手に閃光弾、左手に音響弾を装填した信号銃を持っていた。
さらに明暗制御ゴーグルを装着し、防音用の耳当てを付けている。
何をしようとしているのか理解して、喉まで出かけた罵声を飲み込んだ。
その代わりに挙げていた両手をゆっくりと耳へ強く押し当て、目を閉じる。
「何だ何だ、怖いのか?」
「可哀想に。誰のせいだ」
「俺たちじゃね?」
「恐らくそうだな」
くぐもった声で窃盗団のふざけた会話が聞こえた次の瞬間。
工房で音響弾と閃光弾が炸裂した。
「ぎゃあっ!?」
「うおうっ!?」
効果は抜群だ。
窃盗団の悲鳴を合図に俺は目を開き、一気に走る。錯乱する敵の間をすり抜けて、有無を言わせずにリーベの小さな身体を抱えて開かれた窓から外へ飛び出た。
「ちょ、ちょっとアンヘル! 今のうち泥棒を捕まえ――」
「馬鹿! お前は何やってるんだ!」
走りながらリーベの耳当てを取り払って俺は怒鳴りつけた。
「危ないヤツを刺激するな! 逆上されたらどうする気だ!」
俺の声にリーベはうるさいものを聞くように両手で耳を塞いで、ゴーグル越しに俺を睨む。
「だってアンヘルの発明品を盗もうとしてたから……!」
「『だって』じゃない! ああいった連中は怒らせたら何するかわからねえだろうが!? お前に何かあったら――」
言葉が途切れて彷徨う。俺は何が言いたいんだ?
「わ、私に何かあったら……?」
足を止めてリーベを下ろすと繰り返すように訊ねられて、言葉を探す。
「俺は――」
その時、遠くから異様な気配が異様な速度で近づいて来た。
「待ちやがれ! クソガキ共がああああ!」
「馬鹿にしやがって! ぶっ殺してやる!」
窃盗団だ。とんでもなく激昂していることがわかる。もう復活したらしい。閃光弾も音響弾も陽動には効果的だが致命傷を与えるような道具ではないから無理もない。
そして速い――速過ぎる!
『逃げ足がとにかく速くて目撃者もいないくらいだ』
あまりに瑣末な情報だと思っていたがその通りだった。
「ほらみろ言ったじゃねえか!」
「今それどころじゃないから!」
それまでの空気は吹き飛んで、二人で情けなく悲鳴を上げながら再び駆け出す。
もう一度こいつを抱えて走るべきかと迷った矢先、リーベの足がもつれた。そのまま派手に転倒する。
「リーベ!」
やっぱり抱えて走れば良かった!
全力疾走から慌ててブレーキをかけたが距離が空いてしまう。振り返れば、歯を食いしばりながら起き上がろうとしているリーベのほとんど後ろに窃盗団が迫っていた。
「ガキが舐めた真似しやがって……!」
そしてリーベに向かって刃物を振り上げる。何をしようとしているのかは一目瞭然で、血の気が引いた。
「命は盗らないんじゃなかったのか!」
走り出しながら思わず叫ぶと、
「こんなガキ一人が生きたところで何になる! 死んだところでどうした!」
「ああ、全く以てその通りだ! せめて――ここで俺たちに殺されとけよ!」
ふざけんな!
怒りで俺の身体が熱くなる一方で、立ち上がろうとしたリーベの方は凍りついたように動かなくなる。それがはっきりわかって、一瞬心臓が止まった。
リーベが少しでもあの場からこちらへ動けば俺の方が先に着いただろうが、止まると駄目だ。連中の方が近くなる。
「リーベ!」
叫んだところで無意味だとわかっているが、そうせずにはいられなかった。身体を動かすしかなかった。
間に合え!
その一心で念じた時、
「やっぱりここに出たな、窃盗団!」
頭上から頼もしい声がした。ソルムだ。
屋根から降ってくるなり一人の顔面を拳で殴りつけて昏倒させ、素早くもう一人を足払いで引っ掛ける――が、躱されてしまう。刃がリーベに迫る。
「くっ……!」
体勢を立て直したソルムが追うが、届かない。
それでも今度は俺が間に合って、小さな身体を抱え込んだ。
「アンヘル!?」
リーベの戸惑う声が聞こえたが、応じる余裕がなかった。
何も考えられない。こんな時は走馬灯が走るんじゃないのか。
もし、ここで俺が死んだら――
奥歯を噛み締めたその時、
「伏せて下さい!」
遠くからの声に、考えるより速くリーベごと身体を地面に倒した。
「きゃっ!?」
リーベの小さな悲鳴が聞こえた次の瞬間、爆音と熱と強烈な光が炸裂する。閃光弾とは比較にならない、途方もない火花だ。
目が痛んだが状況確認を優先して目蓋を上げているとそれが窃盗団の腹に命中するのが見えた。
「ぎゃああああ!」
そいつがとんでもない勢いで吹っ飛ばされる。
砲撃か?
いや、違う。
あれは――
「花火……?」
俺の下で同じことを考えたリーベが呟いた。ゴーグルをしているので視界はつらくなさそうだ。
俺たちの推測を確かな声が正した。
「この『花火』を発注した貴族様には注意書きが必要ですね」
大砲のような筒を肩から下ろしながら現れたゼノフォンが言った。
「『決して人には向けないで下さい』ってね」
(2015/07/26)
_8/16