愛を叫ぶ
その時。
空から降ってきた影があった――リヴァイ兵士長だ。
その姿を認識すると同時に、イェーガーへ近づいていた2体の巨人を一気に討伐してしまう。信じられない動きだった。さすが人類最強。
リヴァイ兵士長がちらりとこちらを見たが、さすがにこの距離じゃ俺まで助けてはもらえないだろう――その瞬間、近くの建物にアンカーが刺さる鋭い音。
「ほっ!」
空から降りてきた女兵士が俺を握る巨人の腕を叩き斬った。見事な一閃だ。
リコ班長? ――いや、違う。
同時にそいつが叫ぶ。
「ゲルガーさん、お願いします!」
「任せとけ!」
そして別の兵士がブレードを叩きつけるようにして、巨人のうなじを削いだ。リーゼントって毎朝セットとか大変だろうなとどうでもいいことを考えてしまうくらいに別世界のような景色が広がると同時に、女兵士の背中にある自由の翼に気づく。調査兵団の紋章だ。どうやら連中が帰還したらしいと今更理解する。
「あ」
すぐそばにあるその背中がいつかの冬山の記憶と重なった時――切り落とされた巨人の腕ごと落下した俺の身体が地面に激突した。
「痛えっ!?」
巨人の手がクッション代わりになって欲しかったのに全然痛い。頭を思いきりぶつけてしまった。
激痛に呻いていると、襟首をつかまれて引っ張り起こされる。
「ハイス!」
リコ班長が右側から俺を支え、
「大丈夫ですか!?」
左側を金髪の訓練兵が支えた。
「アルミン……? お前、イェーガーは……」
「ミカサが担いで離脱しました! ハイスさん、しっかり!」
「色々ありすぎてもう限界……」
弱音を漏らせば、さっき巨人の腕を切り落としたヤツがすぐそばに着地する。
「早く壁の上へ! 援護します!」
「ああ、頼む。――おい、しっかりしろハイス! 意識のないお前の身体を運ぶのは御免だ!」
「は、ぃ……!」
こうして俺のトロスト区奪還作戦は終わった。
「あー、リコ班長は今日も綺麗だなー、ずっと見ていられるなんて俺って本当に幸せ者」
「私は今、新しい班員を選抜する申請願を書いているんだ。――その口を閉じなければハイス・シュッツヴァルトの名前を消す」
「そんなの嫌だあああああ!」
「お前なら他の班でも大丈夫だ」
数日後。
包帯だらけの俺と普段通り凛々しいリコ班長は病室に二人きりで過ごしていた。大人数用の部屋なんだが、今は他の連中が検査やらリハビリやらでいないんだ。
「……私の班に入りたいのなら――」
書類にペンを走らせながらリコ班長が言った。
「最期まで、足掻いて生きろ」
こちらへ顔は向けられないままだ。
「イアンやミタビが犬死にだったとは言わない。それに引き換えお前はあの時、死に甘んじただろう」
「ええと……」
頬を掻きながら俺はうなずく。
「それは、そうすることが必要だと思って――」
「穴は塞がれていた。あれ以上兵士が死ぬ必要はなかった」
「う」
一蹴されて言葉に詰まる。
「……確かにそうです。でも俺、大事な時にはいつも何も出来ないから……だから死ぬことくらいはちゃんと――」
「馬鹿」
リコ班長がため息をついて俺を見る。
「何も出来ない? それは違う。お前も言っていただろうが。《山の覇者》を殺せたのは自分が囮になっていたからだと。単に腰を抜かしていただけでも、それは必要なことだったはずだ。キッツ隊長に刃向かったことも訓練兵がお前に感謝していた。意味はそれで充分じゃないのか? 今回の作戦でも単身で巨人を斬ったそうだな。立派じゃないか。いつの間にそこまで成長した? ――すべて、生きているからこその話だ」
「リコ班長……」
胸が詰まる。言葉にならない。
リコ班長は続けた。
「だから、自分自身が生きる未来も守れ。命を投げ打つ必要があっても、軽々しくそうするな。――それが人類や……私の世界を守ることに繋がる」
「…………」
精鋭班だったメンバーがあまりにもたくさん死んでしまった。
でも、その死は無駄じゃない。必ず人類勝利への礎となる。
それはきっと、生き続けていることと同じなのだと思う。
つまり――生きることも死ぬことも必要なことで大切だから、どちらかを疎んだり、どちらかに逃げてはならないんだ。どちらも避けてはいけないんだ。
そういうことなんだろうと思う。
「――はい」
だから俺は短く簡潔に、はっきりと強く返事をした。
「それで良い」
ペンを一度休ませたリコ班長がまた新しく書類を広げる。
「今度は何を書かれているんですか」
「兵法会議の書類だ。今度開かれるイェーガーの裁判だよ」
俺は驚いた。
「人類を救ったのに?」
「一歩間違えば人類の敵になるかもしれないからだ」
「……そうですか」
あいつも大変だなあと思っていると――ふとリコ班長の視線を感じた。何を見ているのかと思えば、俺の頭に巻かれた包帯だ。
「どうされました?」
「……良い色じゃないか」
「え?」
「髪のことだ。お前は嫌がっているようだが、遠目でも目立つし――駐屯兵団の紋章と同じ色だ。包帯で隠すのはもったいない。さっさと治せ」
思いがけない言葉に俺が何も言えずにいるとリコ班長が首を傾げる。
「どうしたハイス、いつもうるさいヤツが黙り込んで」
「ぅ……」
俺はもそもそとシーツに埋もれる。顔が熱い。
「ただの赤毛なのに……薔薇の花なんて俺は、その……」
「ふん、見舞いに花束でも用意すれば良かったな。贈られる側の気持ちがわかるだろう。お前はいつも渡してくるが私に似合うとは思えな――」
「リコ班長は似合ってます世界中の誰よりも!」
力説すれば「うるさい」と一蹴された。
「それで退院の見込みは」
「全治一ヶ月だそうです」
「二週間で治せ」
無茶な。肋骨は折れて脛骨にはヒビが入っているのに。
俺はシーツから出て苦笑して、提案する。
「リコ班長がキスしてくれたらすぐに治りますよ」
ふざけるなと怒鳴られることを見越して、俺はすぐに言葉を続けた。
「なーんちゃって…………え?」
頬にやわらかい感触がした。
さらりとした髪の感覚も。
「――じゃあな。二週間後、迎えに来てやる」
リコ班長は唇を離し、眼鏡をかけ直すと颯爽と部屋を出て行った。
俺は自分の頬へ手を当てて茫然とすることしかできない。
「…………えええええ!?」
何が起きた!?
え、もしかして夢!?
でも全身あちこちが痛い!?
つまり――現実だ!
窓を開けて俺は叫ぶ。
「リコ班長、大好きだあああああ!」
fin.
(2014/12/19)
(2014/12/19)