麗しの薔薇は今日も殺伐 | ナノ


優先順位

「アルミン、さっきは心臓に悪かったんだが……」
「すみません、ハイスさん。でも、おかげで時間が稼げて僕たちは生きています。ありがとうございます」
「いや、俺は何もしてねえよ……。それよりほら、グスタフさん――参謀が呼んでるから行くぞ」

 現在ピクシス司令の大演説真っ最中で、それに耳を傾けつつ俺たちは壁の上で計画を練る。まあ、俺は頭が出来てねえから口出しすることはないけどな。
 やがてアルミンの発案から、前門近くにある大岩をイェーガー巨人の手で運び、それで穴を塞ぐという計画が立てられた。

「す、すみません、一介の訓練兵が口を挟んで……」
「構わん。話を続けたまえ」

 訓練兵だとか年下だとか関係なく意見を採用出来るグスタフさんって大人だよなあって思う。年功序列ってバカみたいな制度だと思うし、こんな男に俺もなりたい。

 やがて作戦が固まる。俺たち精鋭部隊はイェーガー巨人を護衛し、作戦過程で起きるあらゆる脅威を排除する任務が与えられた。危険かつ難度が高い――それでもやってやろうじゃねえか!

「リコ班長!」

 大好きな人のいる場所へ駆け寄って、こんな状況でも胸をときめかせていれば鼻を鳴らされた。

「お前はまたベソをかいて『行きたくない』とでも口にすると思ったがな」
「ちょ、半日前の俺と今の俺は違いますよ!」

 装備やガスの確認をしているうちに、精鋭部隊全員プラス作戦の要であるイェーガーとアッカーマンが揃う。アッカーマンはイアン班長が選抜したらしい。

「やるべきことは各自わかっているな? ――それでは作戦を開始する!」

 イアン班長の声で俺たちは壁の上を駆け出す。

「もうすぐ岩までの最短ルート地点だ」

 空を見ればすっかり夕刻だ。
 そろそろ壁外にいる調査兵団が帰ってこないだろうかと他力本願していると、リコ班長の声がした。

「ひとつ言っておくぞ、イェーガー。この作戦で、決して少なくはない数の兵が死ぬことになるだろう。お前のためにな。それは私たちの同僚や、先輩や、後輩の兵士たちだ。当然兵士である以上、死は覚悟の上だ。だがな、彼らはもの言わぬ駒じゃない」

 リコ班長は淡々と続ける。

「お前には彼らの死を犬死ににさせてはならない責任がある。何があろうともな。そのことを心に刻め。そして死ぬ気で責任を果たせ」
「っ、はい!」

 ぐっと表情を引き締めたイェーガーを俺は見下ろして、

「かーっ、十五のガキのくせにリコ班長からこんなありがたい言葉もらえるなんて羨ましいぜこの野郎!」
「ハイスうるさい。――お前も務めを果たせよ」
「! はいっ」

 リコ班長の言葉に俺は大きく頷いた。

 そしてついにポイントへたどり着く。

「ここだ! 行くぞ!」

 イアン班長のかけ声で壁を蹴り、宙へ身体を躍らせる。

 手近な建物へアンカーを射出し、ガスを吹かして加速。いくつもの屋根を駆け、また宙を舞い、やがて精鋭部隊全員が持ち場へ着いた時――眩い閃光が走った。

「おお……!」

 出現したイェーガー巨人の雄叫びに、俺は全身が高揚するのがわかった。

 さあ壁を塞げイェーガー! どかんと一発決めてくれ!

 意気込んで見守っていると、イェーガー巨人は――なんとアッカーマンへ拳を振り下ろした。

「…………は?」

 俺はぽかんとしてから激怒する。

 話が違うぞイェーガー!

 攻撃を紙一重でかわしたアッカーマンが近距離で呼びかけてもイェーガー巨人にはろくな反応がない。挙げ句の果てにアッカーマンを再び狙った拳で自分の頭部を殴りつけて、力尽きたように動かなくなった。バッカじゃねえの?

 俺は即座に立体機動で班長たちの元へ駆け寄る。

「怪我はありませんかリコ班長!」
「ハイス、お前は持ち場を離れるなと――」
「今そんなこと言ってる場合じゃありません!」

 ざっと全身を確認すれば怪我はないようでほっとする。

「で、この状態は……」
「作戦失敗だ!」

 リコ班長が懐から信煙銃を取り出す。

「わかってたよ……秘密兵器なんか存在しないって……」

 赤の煙弾が空へ撃たれた。現場で問題発生したことが司令のいる本部へ伝達されるだろう。

「何だこいつ……頭の悪い普通の巨人じゃないか……」

 ミタビ班長が呟く声に、俺は激しく同意する。

「こんなもん相手にしていられませんよ! 早く壁を登るべきです! 撤退しましょう!」
「……っ!」

 心から叫ぶとアッカーマンにめちゃくちゃ睨まれた。
 美人は怒ると怖いのは知ってる。でも引き下がるわけにはいかない。

「こんなヤツに付き合っていられるわけねえだろっ? アルミンの友達とはいえ無理だ!」
「さっき……私たちが囲まれていた時、あなたはアルミンと知り合いのようだったから、力を貸してくれるかもしれないと思いました。でも、それは、間違いでした」

 その時だった。

 超硬質スチール素材同士がぶつかって火花が散った。せめぎ合っているのは俺とアッカーマンのブレードだ。一瞬で近距離まで踏み込まれ、ギリギリのところで俺は応じた。巨人を屠る武器で俺は何してるんだと思うが、力を緩めれば俺が削がれる。

「ハイス!?」

 リコ班長の声に応える余裕もない。

「くっ、この……! 言っておくが、俺は訓練兵時代に対人格闘成績が一番だったんだからな! 泣きを見る前にさっさと――」
「私も一番でした」
「……マジ?」

 首席って隙がねえなと思いながら言葉に詰まる。

 実は俺より強いヤツはいたんだが、俺が憲兵になりたがってたから一番は譲られたんだ。つまり俺は実質一番じゃない。
 恐らく俺がアッカーマンと戦えば負けるだろう――それでもここで手を引くわけにはいかない! 撤退出来るか否かがかかっているんだ!

 ブレードを握る手に力を込めた時、

「やめろ二人とも!」

 イアン班長の一喝にアッカーマンと俺は競り合いをやめて一度距離を置く。すかさずイアン班長は間に入って、俺たちの動きを封じる。

 その時、

「イアン班長! 前扉から2体接近! 10m級と6m級です!」
「後方からも1体! 12m級がこちらに向かってきます!」

 伝達された情報に焦燥が募る。

 ミタビ班長が叫ぶ。

「イアン! 撤退するぞ! あのガキ扉を塞ぐ場合じゃねえよ!」

 リコ班長もそれに同意する。

「ああ、仕方ないがここに置いていこう……」
「いいか? 俺たちの班は壁を登るぞ!?」

 アッカーマンが今度はミタビ班長とリコ班長を睨む。今にも斬りかからんとする姿に俺もまたブレードを構えれば、イアン班長がまたしても間に入る。

「待て……落ち着け、アッカーマン……ハイス……落ち着くんだ……」

 そして叫んだ。

「リコ班! 後方の12m級をやれ! ミタビ班と俺の班で前の2体をやる!」
「何だって!?」

 驚くリコ班長にイアン班長は強い口調で、

「指揮権を託されたのは俺だ! 黙って命令に従え!」

 あんまりな言い方だ。イアン班長のことは尊敬しているけれど、我慢ならずに俺も口を開こうとした時、

「イェーガーを無防備な状態のまま置いては行けない!」

 その言葉を聞いて、はっとした。何も言えなくなる。

 何でイアン班長はそんなことを言うんだろう。

 俺はただ、リコ班長が無事に生きていたら良いとだけ思っている。

 自分のことしか考えていない。
 目先のことしか考えていない。

「…………」

 それで、良いのか?

『仮に人類が死に絶えて私だけが生き残るなら、それは考えるだけでおぞましいことだな』

 よみがえる言葉で、唐突に気づいた。

 大切な誰かに生きていてもらいたいのなら、その人も、他の誰かも、人類というものも、守らなければならないんだ。
 つまり、その人が生きるための世界を。
 それらは等価値で、尊くて――繋がっているんだ。

「作戦を変える。イェーガーを回収するまで彼を巨人から守る。彼は人類にとって貴重な可能性だ。簡単に放棄できるものではない。俺らと違って彼の代役は存在しないからな」

 イアン班長の言葉にリコ班長が顔を歪める。

「この出来損ないの人間兵器のために今回だけで数百人は死んだだろうに……こいつを回収してまた似たようなことを繰り返すっての?」
「そうだ。何人死のうと挑戦すべきだ!」

 リコ班長とミタビ班長は絶句した。

「イアン!? 正気なの!?」
「では! どうやって! 人類は巨人に勝つと言うのだ!」

 その言葉にリコ班長は苦々しい表情で、

「巨人に勝つ方法なんて私が知ってるわけない……」
「ああ、そんな方法知ってたらこんなことになってない。だから……俺たちが今やるべきことはこれしかないんだ。あのよくわからない人間兵器とやらのために――命を投げ打って、健気に尽くすことだ」

 イアン班長が拳を握る。そして静かに言った。

「さあ……どうする? これが俺たちに出来る戦いだ。俺たちに許された足掻きだ」

 その言葉と同時に「ここで死んでくれ!」と話していたピクシス司令の大演説を思い出す。

 俺たちには、たったそれだけしか出来ないのか。

 嫌だな。

 意味もなく死ぬことを受け入れなきゃならないなんて――自分が大それた人間じゃないとわかっていても、嫌だ。
 兵士として心臓を捧げていても、いざとなったらそれを躊躇ってしまう。

 でも、わかってしまった。

 自分がどうするべきなのか。

 そこでリコ班長が踵を返した。

「行くぞ、ハイス」
「え、あ……」

 あなたが行くならどこへでも。そう考えていた。少し前の俺なら。

 でも――それじゃあ駄目なんだ。

 本当に守りたいもののために、俺は足を止めた。

「ハイス?」
「俺は撤退しません」

 リコ班長が眼鏡の奥の目を見張る。

「お前……」
「たとえ無駄死にでも……死ななきゃいけない時はそうしなきゃいけない。意味がなくても、それは必要なことなんです」

 意味もなく生まれて。
 意味もなく生きて。
 意味もなく死ぬ。

 それでもどこかに意味があると信じて、願って、祈って――そういうものなんだ。

「意味がなくても生きて死ぬ。大抵の人間がそうなんですよね。今までも、これからも……変わらずに、ずっと……」

 それを受け入れることが、未来へ希望を繋ぐんだ。
 大切な人を守ることに、きっと繋がるんだ。

「だから俺は……ここで力を尽くすべきなんだ。やっと、わかりました」
「――そんなの納得出来ない」
「リコ!」

 イアン班長が叫び、リコ班長が振り返る。

「作戦には従うよ。あなたの言っていることもハイスの考えも正しいと思う」

 その瞳には強い意志が宿っていた。普段から強いものが、さらに苛烈に。

「必死に足掻いて人間様の恐ろしさを思い知らせてやる。犬死になんて納得出来ないからね。――後ろは私の班に任せて」

 俺は何も口に出来ず、歩き出したリコ班長の後ろをついていく。

「――ああそうだよ、イアンは正しい。お前もそうだ、ハイス」

 リコ班長が言った。足を止めて、俺を仰ぐ。

「それは理解できる。だが納得出来るかどうかは別問題だ」

 眼鏡の奥からのまなざしは揺るぎない。

「だから私はここで死んでやらない」

 綺麗な瞳だと見惚れていると、

「お前も死ぬな」
「え」
「その決意を退けるわけじゃない。ただ、まだ死ぬな。ここで死ぬな。……わかったな?」

 リコ班長は髪を揺らして班員の元へ颯爽と動き出す。

「――はい!」

 俺は頷いてから後に続いた。

 ブレードを抜き放ち、目の前にいる敵を見据える。

 覚悟してろよ巨人ども!
 駐屯兵団精鋭部隊の本領発揮を見せてやる!

(2014/11/26)

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