■ 英雄の背中に翼があるように

 訓練兵となって半年が過ぎた頃、わたしは同期の面々と調査兵団本部へ来ていた。そこで訓練する先輩兵士たちを見学をするためだ。
 本当はベルトルトみたく憲兵団を見学したかったけれど仕方ない。選べるのは現段階の成績順なのだ。わたしの順番が回って来た時には当然ながらすでに憲兵団は定員オーバーになっていた。落ち込んでいる間に同じような成績の人たちが駐屯兵団へ殺到し、そちらも完全に人数が溢れたのでこうして調査兵団見学コースにいるわけだ。

「でもさ」

 わたしはそばにいる坊主頭の男の子を見下ろした。

「コニーって座学の成績は致命的だけど総合成績は悪くないよね? どうして今日は調査兵団見学にしたの?」
「天才の俺はどうせ十番内の成績で憲兵団に入るからな。せっかくなら違うところを見ておくかと賢く考えたわけだ」
「ふうん、なるほど」

 コニーと話しつつ、帰ってからレポートを書くために必要な情報をメモに取る。わたしたちの先頭に立って第四分隊副隊長の何とかさんが話していることだ。例えばここは立体機動の訓練場らしいことや、様々な状況を想定した過酷な訓練が出来るなどなど。

 こうして真面目に耳を傾けているけれど、別に調査兵団を志願するつもりはない。ベルトルトがいるなら別だけど、彼は憲兵団を目指しているし。
 だからこのままの成績だとわたしは駐屯兵団へ行くことになるだろう。だから訓練兵を卒業するまでにどうにかベルトルトを振り向かせて、同期であること以外の繋がりを持ちたいと思っていた。――もちろん相思相愛の恋人同士に!

 そのうちメモを取る手が疲れて、ついため息が漏れた。

「はあ……」

 それにしてもつまらない。ベルトルトがいないと退屈で仕方ない。時間の経過が遅い。遅すぎる。
 たとえ話せなくても、一緒に何をするでなくても、彼と同じ空間でいられるだけでわたしはとても幸せなのだと改めて感じた。

 早く、訓練兵団へ帰りたい。
 早く、ベルトルトに会いたい。

 その時、

「見ろ、リヴァイ兵士長だ!」

 成績上位者にも関わらず誰よりも早く調査兵団見学を希望したエレンが嬉しそうに声を上げている。そのそばにいるのはもちろんミカサとアルミン。

 エレンの指差す先を見れば、ものすごい速度で立体機動装置を操る兵士がいた。なるほど、あれが人類最強と呼ばれるリヴァイ兵士長か。

「かっけー!」

 目を輝かせるエレン。

 確かにあんな風に立体機動を扱えるのはすごいし感嘆してしまう。でも――

「背は低いし目つき悪いし怖そうだし。どこがかっこいいのか全然全くちっともわからな――もがっ」
「ちょっとイリス! 何てこと言ってんの! あのブレードでうなじ削がれても知らないんだからねっ」

 おさげの髪を揺らして飛びかかってきたのはミーナだった。口を両手で塞がれて結構苦しい。

「むぐむー」
「でもさー、じゃない!」

 取り押さえられたまま抗議すれば怒られた。

 どうにか解放してもらって、わたしは訴える。

「ベルトルトが王子様みたいだから、つい比べちゃうんだよ」

 するとミーナは大げさにため息をついて、

「ベルトルトのどこが良いか教えて欲しいんだけど」
「いいよ、今夜は眠らせないからねっ」
「やっぱりやめとく遠慮する」

 第四分隊副隊長の何とかさんの言葉をメモしながらミーナは続ける。

「イリス。あんたベルトルトに夢見すぎ。付き合ってみると情けない男かもしれないじゃない。すでに意志薄弱の兆しがあるし」
「そんなことないよ、ベルトルトに意志がないのならわたしはとっくに恋人になってるはずだし。たとえ情けなくても一緒にいられるなら充分」
「俺、今日のベルトルトの寝相をして見せてやろうか? さすがのイリスも幻滅すると思うぜ」
「コニー。気持ちは嬉しいけれど、それはベルトルトがやっているところを見ないと意味がないんだよね」

 するとミーナとコニーは顔を見合わせて、

「イリスはベルトルトなら何でも良いのか?」
「それは私も聞きたいかも」

 二人の純粋な問いかけに、わたしは一度考える。

「何というか……」

 わたしはゆっくりと言葉にする。

「ベルトルトじゃなきゃ、駄目なだけ」
「あーはいはい」
「わかったわかった」

 コニーとミーナの適当な相槌に言葉を返そうとすれば、

「ほら、ちゃんと見学しないと。まだまだ学ぶことだらけでしょ、私たちは」

 ミーナの言葉にわたしは胸を張る。

「立体機動の装着は誰よりも速く出来る自信あるけどね!」
「一体どこで役に立つのよそんな技術!」
「う、寝坊した時とか!」

 そんなやり取りをしながら、想う。

 ねえ、ベルトルト。今は内地の憲兵団で何をしているの。
 わたしはあなたのことばかり考えてるよ。

 ふと訓練中のリヴァイ兵士長を仰ぐ。相変わらずものすごく速い。どうなってるんだろ、あの身体。翼でも生えているのかな。

 もしもあんな風に飛ぶことが出来たら、ベルトルトのいるところまでどこへだって行けそうに思えるのに。

 でも、それはわたしに出来ないことなのだ。
 今までも、きっとこれからも。

 ミーナのため息が聞こえた。

「まーたベルトルトのこと考えてるでしょ」
「……わかった?」

 ああ、早く帰りたい。


(2014/05/15)
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