■ エピローグ

 三年に及ぶ訓練兵生活がもうすぐ終わろうとしていた。

「あんた、わかってんの」
「わかっているよ、アニ」

 僕は目の前にいる小さな女の子に頷く。なぜだろう、僕が見下ろされている気分だ。

「まさかあの子に絆されてるんじゃないだろうね。あんたまでライナーみたくなるのは御免だよ」
「それはないよ、だから大丈夫だ」

 だって、僕が好きなのは君だから。

 そんなことは言えないけれど。

 僕が黙っているとアニは鼻を鳴らして背を向けた。さっさと秘密の会合から席を外す――と思えば、

「あのさ、気づいてる?」
「え?」
「あの子に対してなら、あんたはいつも自分の意思を明確にしてるってこと」

 そして今度こそアニは出て行った。

「…………」

 ひとりきりになって、僕は想う。

『まさかあの子に絆されてるんじゃないだろうね』

「……違うよ、あの子と関わってしまうのはいつも、不可抗力で……向こうからやって来たり、遭難していたり、さらわれそうになっていたり……それだけで……」

『あの子に対してなら、あんたはいつも自分の意思を明確にしてるってこと』

「……気持ちに応えられるわけがないんだから、当然じゃないか。……それだけだよ」

 それだけのはずなのに、

『好きです! 大好きです! ベルトルト・フーバー!』
『ねえ、ベルトルト。それ以上は大きくならないでね』
『ベルトルトになら殺されても構わないってこと』
『ありがとう、本当に、ありがとう……! 助けてくれて、ありがとうっ』
『ベルトルトはもっと自分のことを誇って大事にして、もっと自分のことを考えてよ!』

 どうして、あの子に関するたくさんの記憶を抑えられないんだろう。

 イリス。

 君は僕なんかのことを忘れて、僕ではない誰かに恋をするべきなんだ。

『何もかもすべてを嘘にはしたくない』けれど――本当の僕は君をたくさん泣かせてしまうに違いないから。

 でも、何も知らない君はまた僕のいるところへやって来る。そして愛の言葉を告げるのだろう。

 それなら、

「好きな子がいるんだ」

 そう言ってしまえば、きっと僕は君を知らなかった頃の僕に戻れる気がした。明日はそうしてみよう。

「…………」

 それでいいんだ。それが一番だ。
 そうしなければ、いざという時に僕は揺らいでしまう。そんな気がする。

「…………」

 僕はずっと皆を――君を騙していたけれど、すべてが嘘ではないことを信じて欲しいなんて僕のわがままだ。

 それなのに。

 僕はどうかしている。

 イリス。
 君なら、もしかしたら――

 自分が考えたことを慌てて打ち消す。

 駄目だ。僕は君に手を伸ばしてはならない。

 僕が。

 僕なんかが。


(2014/08/17)
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