■ 目覚め

 わたしは夢を見ていた。

 いや、夢と呼ぶよりは――記憶だ。つまり過去の夢。

 ベルトルトと出会ってから、訓練兵として過ごした三年間の、夢のような日々を夢に見ていた。

 ねえ、ベルトルト。

『誰が、人間なんかを殺したいと思うんだ』

 わたしは、知らなかった。
 ずっと見ていたはずのあなたのことを何も知らなかった。
 あなたの想いやあなたの真実を知らずに、わたしはひとりで幸せになっていた。

 ごめんなさい。こんな人間が、あなたに好かれるはずがないよね。

 それでも、あなたはいつも、わたしの大好きな人だった。

 意志がないと言いながら、あなたはいつもまっすぐに気持ちを伝えてくれた。
 わたしの求めた答えではなくても、それがいつも心のどこかで嬉しかった。

 ありがとう。
 あなたはわたしを疎ましく思っていただろうけれど、わたしはあなたがいて幸せだった。

 そこで夢のように流れていた記憶が直前のものへ切り替わる。

『全員、壁から跳べ!』
『ぼさっとするな新兵!』
『イリス! 立体機動に移れ!』

 あれ?
 ちょっと待って、わたしは一体どうしたんだっけ?
 ええと、ウトガルド城跡周辺でエレン達と合流して壁の上へ登って――すぐに詳細を思い出して理解する。

 ああ、そうか。
 死んでしまったのか、わたしは。

 でも、そうだとしたらおかしい。

 だってわたしは死んだはずなのに。
 ベルトルトに殺してもらったはずなのに。

 なのに、どうして過去の夢を見ているんだろう。

 わからない。
 わからない。

 でも、わからないままで良いか。

 ベルトルトを想えるなら、このままで。

 風が吹いて、髪を揺らす。

 ここは、どこ?

「イリス」

 わたしを呼ぶ声がする。

 低くてやさしい、声。

 大好きな人の、声。

「イリス」

 でも、どうしてベルトルトの声がするんだろう。

 わからない。
 わからない。

 もしかして――わたし、死んでない?

 確かめようにも、目を開けてしまったらもう過去の夢を見られない気がして怖かった。

 だって、ベルトルトは過去にいるけれど、未来にベルトルトはいないから。

 そのことが怖い。
 哀しい。寂しい。

 ためらうわたしの耳へ次に聞こえたのは、

「お願いだ、起きてくれ」

 なぜか少しだけ急かすような声だ。

 一体、どうして?

 わからない。
 わからない。

 でも、あなたがそう言うのなら。

 わたしは過去の夢に別れを告げて目を覚まそうと思った。

 そして震える瞼をそっと押し上げる。

 目の前にいたのは――


END.
(2014/08/17)
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