■ 殺していいよ

 長いようで短かった訓練兵生活も終盤。現在、広く深い森の中で104期訓練兵によるバトル・ロイヤル真っ只中だ。
 ルールは簡単。各自が首に巻いているスカーフを奪うだけだ。方法は問われない。正々堂々闘って負けた方が渡すも良し、力づくや不意打ちで奪うも良し。とにかく一番枚数が多い者が今日一番の点数をもらえる。

「それにしても……」

 平々凡々の成績であるわたしが終盤まで生き残っているのは一重に運が良かったに過ぎない。

 なぜなら、人に会わないのだ。

 唯一の例外はダズで、出会い頭にあっちが勝手に転んでくれたのでその隙にスカーフを奪った。

「どうしようかな……」

 どうしようもないけれど。
 きっとそのうち、まだ生き残っているだろう上位成績の誰かにあっさり倒されちゃうんだ。

 当たり前に諦めながら首に巻いたスカーフを結び直していると、そばにある茂みががさりと揺れて、身体が強張った。緊張する。

 誰だろう。すぐに構えて様子をうかがえば、

「あ」
「…………」

 現れたのはベルトルトだった。

 嬉しい! こんな場所で会えるなんて!

 喜びのまま駆け寄ろうとして我に返る。

 そうだ、今はバトル・ロイヤル真っ最中。つまり同期は全員敵なのだ。

「…………」
「…………」

 ベルトルトが臨戦態勢でないのは、わたしがあまりにも無防備だからだろう。

 一先ず声をかけてみることにした。

「あの、調子はどう? 元気?」
「……それなりに」
「わたしはベルトルトに会えて元気百倍だよ! ところでスカーフは何枚持ってる?」
「僕は39枚」

 さすがベルトルト! すごい!

 そこで提案することにした。

「わたし、ベルトルトになら倒されても良いよ」

 両手を大きく広げて、受け入れる覚悟を示す。

「え……?」

 ベルトルトはぽかんとした顔つきでわたしを見下ろす。
 伝わらなかったかな、とわたしは言い直すことにした。

「ベルトルトになら殺されても構わないってこと。だから――」
「そんなことはしたくない」

 その声が、思いがけないくらいに強い口調だったので戸惑った。

「ええと……でも、そういう訓練で――」

 するとベルトルトは大きな手で拳を握る。まるで何かを耐えるように。

「誰が、人間なんかを殺したいと思うんだ」

 それはこれまで見たことのない表情だった。

 どうしてそんなに哀しそうなんだろう?
 どうしてそんなにつらそうなんだろう?

「ベルトルト……?」

 首を傾げて訊ねれば、ベルトルトははっとした顔つきになる。

「どうしたの?」
「いや、その……何でもない。ごめん」
「別にいいけど……。んー、じゃあどうしよう」

 するとベルトルトは怪訝そうな顔になる。

「え? 戦わないの?」
「結果が見えているのに?」
「……それは、わからないことだと思う」

 謙遜にも程がある。わたしがベルトルトに勝てるはずがないのに。――でも、ならば、やるべきことをやるべきだろう。

 結果がたとえ同じであっても戦うことでベルトルトがすっきりするなら、わたしは戦おうと思う。

「よし。じゃあやろう、ベルトルト」

 わたしは一瞬で作戦を考えて、構えを取る。
 緩みそうになる頬をどうにか頑張って引き締める。

「104期訓練兵、イリス・フォルスト! 参ります!」

 ベルトルトも構えを取ったのでわたしは頭の中で合図を開始する。

 位置について――

 用意――

 どん!

 一直線に駆ける。

 駆け引きは何もない。

 つまりは――直球勝負だ!

 わたしは一気に跳躍して踏み込む。そして一切の躊躇もなく、ベルトルトの首元へしがみついた。
 すぐに自分のスカーフを掴まれたのがわかったけれど、そんなことはどうでもいい。
 なぜなら戦って勝つことではなく、抱きつくことが作戦の目的なのだ。そしてあわよくば――

 その一心で顔を近づけてお互いの鼻先が触れようとした瞬間、

「イリス!」

 ベルトルトはわたしのスカーフをほどく前に、ぐいっと肩を両手で押す。せっかく近かった二人の間に距離が出来てしまう。

「き、君は、何を! 顔があんなに近かったら……!」

 ベルトルトがものすごく慌てている。顔も少し赤い。

「ん、キスが出来たらいいなと思って。――ところでベルトルト、何か気づかない?」
「…………あ」

 わたしの手にはベルトルトのスカーフがある。鼻先が触れようとしたあの瞬間だけ隙があったからだ。

 勝っちゃった。

 別に勝てなくてもキスがしたかったんだけどなあ。

 こうしてわたしは上位成績者であるベルトルトにまぐれでも勝利を収めたのだった。

 五分後、出会ったミカサに瞬殺されたけれど。


(2014/08/10)
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