■ 嘘つきたちの日々

 王様の命令は絶対だ。

「じゃあ3番と27番が熱いキッスだ!」
「馬鹿だろコニー。27人も参加者はいねえぞ」
「12人だよ。それに男女混合だからキスはちょっとやり過ぎじゃないかな?」

 王様コニーの発言にジャンとマルコがやんわりと指摘して、

「それじゃあ――」

 コニーは一瞬も悩むことなくまた宣言した。

「3番と9番が今日と明日、恋人同士になる!」

 そんなコニーの命令に、

「男同士や女同士ならどうするんだ! ちなみに7番の俺はセーフ!」
「うるせえなライナー。私はクリスタとなら問題ない――が、2だと番号が違うな」
「私は5番だよ、ユミル。ところで今日はもう夜だから命令の半分が終わりだね」
「4番で良かったわ。だってフランツ以外の人と恋人になるなんて考えられないもの」
「ハンナ、10番の僕も君以外の誰かを恋人にすることは出来ないから良かったよ」
「せっかくの休日を潰す気か……。マルコ、お前は何番だ。俺は11番」
「僕は6番だよ、ジャン」
「この1番と書いてある木の棒がだんだんと美味しそうに見えてきました」
「ミーナ・カロライナは8番でーす」

 コニーが呆れ顔になって、

「おいおい、誰が3番と9番なんだ?」
「こういうのはさ、騒いでないヤツが当たりだろ」

 ユミルがにやりと笑えば、

「ベルトルトは普段から落ち着いて――って、おい! ベルトルトが9番だ!」

 ライナーの叫びに視線が集中して、ベルトルトは控え目にその番号を見せた。

「じゃあ残りの3番は……って、黙り込んでいるヤツがもう一人いるな」

 ジャンの言葉で視線が集まった。――わたしに。

 わたしは深呼吸してからゆっくりと口を開く。

「神様王様コニー様!」
「え、俺!?」
「ありがとう! 本当にありがとう!」
「お、おうっ」

 コニーと固く握手して、

「ベルトルト!」

 わたしは大好きな人を振り仰ぐ。

「わたしたち、恋人同士なんだよね!」
「ええと……」
「王様の命令は絶対だよ!」
「う、ん」

 ならばやるべきことは一つだ!

「デートしよう!」




 訓練兵とはいえ毎日毎日訓練があるわけではない。休息があるからこそ、心身共に鍛え上げられるのだ。
 そんなある日の休日。
 つまりデート当日の朝。

「似合う!? じゃあ行ってくるよ!」

 シンプルなワンピースにカーディガンを身に付けたわたしの言葉に女子兵舎にいる面々は、

「似合ってるよ。気をつけて行ってきてね」とクリスタ。
「悪くねえ、しっかりやれよ」とユミル。
「ばっちりよ、可愛いから」とハンナ。
「ベルトルトを困らせないようにね」とミーナ。
「門限を忘れるんじゃないよ」とアニ。
「エルミハ区にはおいしいパン屋さんがあるそうですよ、お昼に是非!」とサシャ。
「……行ってらっしゃい」とミカサ。

 わたしは大きく手を振って、待ち合わせ場所へ向かった。

 天気は快晴! 風も穏やか!

 ああ、こんなに幸せならわたし、明日にはもう死んでしまうかもしれない。
 訓練兵生活も三年目、ついにベルトルトとデート出来る日が来るなんて!

 そんなことを思いながら待ち合わせ場所でベルトルトと合流し、わたしは早速提案する。

「ウォール・シーナには有名な占い師がいてね、その人には過去も未来も何もかもわかるんだって! そこに行ってみようよ!」

 聞くのはもちろん恋愛運!
 末長く幸せになれますよ、なんて言われちゃったりして!

 わたしが浮かれていると、

「……行きたくない」
「え?」
「過去や未来がわかるなんて、怖いんだ」
「あー……じゃあ、そこはやめようか」

 ベルトルトは「自分の意志がない」って周りで評価されているけれど、全然違うと思う。だって本当にそんな人なら、わたしはとっくに恋人同士となっているはずだ。

「違うところへ行こう! ね?」
「イリス」

 新たな目的地へうきうきとわたしが歩き出せば、呼び止められた。

「僕と一日を過ごしても、有益には過ごせないよ」

 とても寂しい声が聞こえてきた。

「――そんなことないよ。わたしはベルトルトと一緒にいられて、こんなに嬉しいのに。だから、哀しいこと言わないで」
「……どうして?」

 わたしはそっと彼の大きな手を握ることにした。

「あなたが大好きだからだよ、ベルトルト」

 そしてわたしはベルトルトの手を引いて歩き出した。




 サシャの助言通りに評判のパン屋さんで早めのお昼を済ませて、わたしたちはたくさんの人々がにぎわう広場で少し休憩していた。そして次の目的地へ想いを馳せていると、

「へぇ、可愛いじゃん」

 軽い声がした。聞き流していると、

「君のことだよ、亜麻色の髪が綺麗だね」

 顔を上げれば軽薄そうな男の人とばっちり目が合う。

「……え!?」

 わたしっ? こんな風に声をかけられたのは生まれて初めてだよ!

 慌てて周りを見ればベルトルトがいない。どこへ行ったのだろうか。

「おめかししてどうしたの? 俺とあっちでお茶しない?」
「あの、その!」

 しどろもどろになりながらわたしは言った。

「こ、恋人と一緒なので! そう言われても困りますっ」
「恋人?」
「身長192cm、黒髪短髪、目つきは優しくて――ほら、あの人!」

 見れば、木の枝に引っかかった帽子を手に取って小さな子供に渡すベルトルトがいた。
 なるほど、いつの間にか人助けをしていたらしい。その優しさにときめいてしまう。

 が、今はわたしを助けてほしい。

 役目を果たし、ベルトルトはわたしの所へ戻って来てくれるかと思えば――わたしとナンパ男を見るなり、くるりと踵を返した。

 あれ!?

 わたしはナンパを振り切って、慌ててベルトルトを追いかける。

「あの、ベルトルト!? ちょっと! どうしたの!?」

 するとベルトルトは追いついたわたしを意外そうに見下ろして、

「僕は邪魔だと思って……」
「何言ってんの!?」

 ぐっと拳を握った。

「わたしたち、恋人同士でしょ!? 何でわたしがあんな男と一緒にいるのを許すかな?」
「それは……昨日と今日だけの話だからだよ」
「っ」

 そうだけど、そうだけれど!
 嘘のすべてが嘘だと言わないでほしいよ!

「わ、わたしとあのナンパ男がくっついてもいいの!?」

 するとベルトルトはわたしから目を逸らして、

「少なくとも、僕よりは君に相応しいかもしれない」
「知らない人なのにっ?」
「これから知って判断すれば良いと思う」
「待ってよ。じゃあ、あの時――わたしの婚約者と呼ぶのもおぞましいあの男が来た時は、どうして助けてくれたの!」
「どうしてって……」

 一瞬、ベルトルトは考え込んで、

「あの時は相手が、怪我をさせてでも乱暴に連れ去ろうとしていた異常な状況だったし……さっきの彼は君と話をしていただけじゃないか。やっぱり僕が邪魔する権利はないと思う。少なくとも、僕なんかを好きになるよりはずっと良いことじゃないかな」
「…………」

 よくわかった。

『あなたが大好きだからだよ、ベルトルト』

 さっきの言葉は、この人にまるで届いていなかったわけだ。
 ベルトルトへの告白歴三年目としては、こんなこと慣れてる。いや、正直慣れてない。いつもつらいし哀しい。
 だから今回も、胸が痛かった。きっと、いつまでもこの痛みに慣れることはないのだろう。

「――ベルトルト」
「え?」
「ちょっと屈んで」
「う、うん」

 ベルトルトはわたしの言葉通りにしてくれた。これでわたしたちの目線は同じ高さだ。

 そしてわたしは、

「ばかああああっ!」

 握った拳でベルトルトの頬を殴り飛ばした。

 避けることも出来ただろうに、ベルトルトの身体は吹っ飛んだ。

 快晴の空の下、にぎわっていたはずの広場に静寂が広がった。


(2014/07/13)
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