■ ただ近づきたくて

「恋人同士には理想の身長差というものがあってね、なんと私とフランツはぴったり15cm差だったのよ!」

 ある日、ハンナからそんな話を聞いたわたしは座学のノートの端で早速計算を始めた。

「ええと、ベルトルトの身長が192cmだから、15cm引いてー……つまり理想の身長は177cmになるのかー……」

 現れた数字とにらめっこする。

「わたしは163cmだからあと14cm足りない……177cmかー……うーん、今から伸びるかな……」
「何やってんだイリス」

 がっかりしていると、ジャンが通りがかった。

「いや、ちょっとね……ところでジャンの身長っていくつ?」
「177」
「……ちょっと何cmか頭を削って良いかな? 今からブレード取ってくるから」
「俺を殺す気か!」

 事情を話せば呆れた顔をされて、

「そんな理由で俺を削るな」
「だって……」

 わたしが唇を尖らせれば、

「考え方を逆にしてみろよ。イリス、お前は163cmなんだろ? 15cm足して178cmのヤツを考えてみればいい。それが理想の相手だ」
「んん? ベルトルトに縮めって言うの? さすがにそれは無理があるよ」
「ちっげーよ! ベルトルトから離れろお前! いるだろうが身近に178cmの男が!」
「え? 誰?」

 生憎、ベルトルト以外の104期男子の身長をわたしは把握していないのだった。




 次の日。わたしは図書室でベルトルトを見つけた。

「ねえ、ベルトルト。それ以上は大きくならないでね」

 頼んでどうにかなることではないとわかっている。でも、言わないでいるよりは言った方が効果があるはずだ。

 その一心で訴えれば、案の定ベルトルトは困惑した顔つきになった。

「……伸びたらどうする?」
「困るよ。わたしはもう背が伸びないだろうから、余計にすごく困るの」
「ごめん」

 謝られてしまった。まだ大きくなる自覚はあるらしい。

 成長期だろうから、やっぱり無理な話かな。

「どこまで大きくなるつもり?」

 何気なく意味もなく訊ねれば、ベルトルトはぼそりと呟く。

「60m、とか」
「は!?」

 耳を疑って、わたしは大好きな横顔を凝視してしまう。

「ベ、ベルトルトも冗談言うんだね……ははは」

 60mって、その大きさはもう人じゃないよ。
 悪の帝王とか宇宙外生命体とか超大型巨人だよ。

 渇いた笑いのわたしをベルトルトはちらりと見て、

「身長なんて、気にしなくて良いんじゃないかな。関係ないと思うけれど」
「そう、かな?」
「例えば……アニはとても小柄だけれど、ライナーを投げ飛ばすくらいに強いし。関係ないよ、大きさは」

 んん? なぜここでアニが出て来る?

 そもそもわたしは身長が強さと比例する話をしているわけでは決してないのだけれど。
『理想の身長差』を知らないベルトルトが勘違いしたのは無理ないかもしれないけれど。

 でもでもちょっと待って。

 それは直感だった。理由も理屈も何もない。

 ベルトルトってもしかして――いや、考えるのはやめよう。

 あんな金髪美人に比べてわたしなんか平々凡々な亜麻色髪なんだから。

 考えるのは、やめよう。

 わたしの心情をよそにベルトルトは続ける。

「あとは、ほら。調査兵団のリヴァイ兵士長とか。僕は会ったことがないけれど、とても強い」
「ああ、去年の見学の時にちらっと見たけれど、わたしより背が低くてびっくりしちゃった」

 身長と強さが比例しない話をベルトルトは延々としてくれたけれど、わたしは単にベルトルトに釣り合う身長の話をしたかったわけで。

 でも、まあ、いいか。

「身長なんて、気にするほどのことじゃない」

 意味は違えど、そんなことをベルトルトは言ってくれたのだから。

 だからわたしは言ってみた。

「ところで身長29cm差のわたしと付き合わない?」
「……ごめん、それは出来ない」

 結局は普段と変わらないやり取りになったのだけれど。




 ちなみに数ヶ月後。もうすぐ訓練兵も三年目に突入する頃。
 成長期真っ最中のフランツはぐんぐん背が伸びて、ハンナとの『15cm差』を抜いてしまった。

 でも、

「好きよ、フランツ」
「僕もだよ、ハンナ」

 こんな風に二人の調子は相変わらずで、

「つまり関係ないんだよね、身長差なんて」

 わたしはそう結論付けたのだった。


(2014/06/27)
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