大空の英雄と地上の小鳥 | ナノ


私の居場所はどこにある?

 貴族の世界の代名詞といえば、やはりパーティーだと思う。夜会だ。
 そんな華やかな舞台にはもちろん裏側がある。食糧など限りある世界とご時世なので、私たち裏方の人間は考えてやりくりせねばならない。だから準備もそうだが、当日だって大変だ。料理を運んだり、お客様に何か問題があれば即座に対処せねばならない。
 現在その真っ只中で、足りない料理を取りに台所へ向かう通路をひとりで歩いていれば「そこのメイド」と声をかけられた。
 立ち止まれば、恰幅の良い貴族様がいた。今夜のお客様の一人だ。

「はい、ご用は何でしょうか」
「お前、歳はいくつだ?」

 用ではないのかと疑問に思いながら私は自分の年齢を答えた。

「ふむ、もっと幼く見えるが背のせいか……まあいい、今から私に用意された部屋へ来なさい」

 がしっと腕をつかまれて、すぐに目の前にいる貴族様が何を言わんとしているのかわかった。――夜の相手をしろと言っているのだ。

「…………」

 困った。そのような仕事はゲデヒトニス家にない。むしろ禁止されている。たまに勘違いするお客様がいるけれど仕方ないかもしれない。家によってはメイドがもてなす一環があるそうだから。
 何とか丁重にお断りするしかないと口を開いたその時、背後で低い声がした。

「豚野郎が。こいつに触るんじゃねえ」

 突然現れたその方は、貴族様の手首を強くつかむ。貴族様は悲鳴を上げて私の腕を放した。

「な、何だお前は! 痛いじゃないか!」
「これは俺のだ。さっさと失せろ」

 鋭い眼光で射抜かれると貴族様は慄いたように背を向けて、さっさとどこかへ行ってしまった。

 私は助けてくれた人を仰いだ。

「リヴァイさん……」

 そういえば今日のパーティーは多くの方との交流が目的だったためか調査兵団の方も何名か招待していたのだった。今日この瞬間までお会い出来なかったけれど。
 リヴァイさんは髪を後ろへなでつけ、パーティーらしいきっちりとした服装で、兵服とはまた異なった雰囲気だった。
 私はその顔を見て、とてもほっとした。実はかなり、あの状況に緊張と不安を感じていたのだ。

「助かりました、ありがとうございます」

 安堵とともにそう言えば、リヴァイさんの手がこちらへ伸ばされた。

「――わっ」
「礼を言うのは早いな」

 次の瞬間には、すぐそばにあった客間の一室で私はリヴァイさんの腕に挟まれるようにして壁を背に閉じ込められていた。

「あ、あの……」

 先日、立体機動装置で一緒に飛んだ時のように近い距離だった。そのことに心臓がどきりと痛いくらいに鳴る。

「なあリーベ。――俺の目的があの野郎と同じならどうするんだ」

 その言葉に少し戸惑ったけれど、考えるまでもないことに私は首を振る。

「リヴァイさんは、そのようなことしませんよ」
「根拠もねえことを言ってないで質問に答えろ」
「ありますよ」

 私は断言した。

「先日、あなたは潔癖症だと分隊長様が仰っておりました」
「……それが、どうした」
「そのような方が下賤のメイドに手を出す戯れを行うとは思えません」

 別に私は自分を卑下しているわけではない。
 ただこれは純粋で、単純で、正確な事実なのだ。

 するとリヴァイさんは軽く目を見張ってから、とても不機嫌そうな顔つきになった。

「何言ってやがる。ふざけたこと抜かしやがって」
「え、あの……」
「生憎、生まれや育ちなんざ関係ねえ環境で生きてきたからな、お前の言葉は的外れだ」
「そ、そうですか……」
「俺は、お前の声が聞きたかった。お前と、話がしたかった。お前に……触れたかっただけだ」

 その声は――とても真摯なものだった。

「だから、勘違いするんじゃねえ。勝手に決めつけるな」
「は、い。申し訳ございません……」

 私は思わず視線を伏せる。

 やっぱりこの人は、とても良い方だと思う。優しくて、あたたかな方だと思う。言葉を交わす度に、同じ時間を過ごすほど、そう思う。
 私に対して、こんなにも――

「あ……」

 その時になって気づいた。髪が乱れている。いつの間に。これはだめだ。綺麗にやり直さないと。

「あの、少し失礼致します」

 そう断って、私はシニヨンでまとめていた髪を解いた。手櫛で梳いていると、リヴァイさんの指先が下ろした髪にそっと触れた。

「長いな」
「あの髪型をするにはこれくらいの長さが必要なんです」

 リヴァイさんは飽きることを知らないように私の髪に触れ続ける。

「それで、話だが。そのままで良いから聞け」
「はい、何でしょう」

 リヴァイさんによると、これまで兵舎で暮らしていたが最近家を購入したという。

「兵舎では何か不自由があったのですか?」
「……色々、考えた。だから、家を管理する人間が必要だ」
「ええ、そうでしょうね」
「お前がいい」

 髪をまとめる手が止まる。その言葉を理解するのにしばし時間がかかった。

「…………」
「おい、聞いているのか」
「ええと……」

 私は戸惑いながら、

「私? ですか?」
「ああ、そうだ」
「……リヴァイさんなら、探せばもっといい人がいますよ」

 どうにか言葉を返した。だって、メイドなんてこの世界にはたくさんいるのだから。

「何度も言わせるな。……いや、何度だって言ってやる」

 リヴァイさんがぐっと私の手を握る。その力強さにまたどきりとした。

「お前がいいんだ」
「…………」

 まっすぐなまなざしに対して、私は視線を彷徨わせてしまう。

「私たち、会って三回目ですよ?」
「それがどうした」
「ええと……どうもしません?」

 何も言えなくなって、どうすればいいのかと戸惑っていると、

「リーベ」

 やさしくて、甘やかで、力強い声の響き。
 そんな風に名前を呼ばれると胸が締め付けられた。

 でも――私はこのゲデヒトニス家に恩がある。
 みなしごだった私を生かしてくれた。生きる術を教えてくれた。生きる場所をくれた。
 そんな簡単に離れられる場所ではなくて――だから、考えるより先に答えは出ているのだ。

「申し訳ありません。光栄なお話ですが、お断りさせて頂きます」
「…………」
「――ごめんなさい」

 髪をまとめ終える前に、私は逃げるように客間から出た。




 その日の夜。

「この、ばかっ!」
「もったいない!」
「何やってんの!」
「信じられない!」

 メイド会議にて、私はメイド長を除く全員から罵声を浴びた。
 ちなみにメイド会議とは、週に一度行われるメイドのメイドによるメイドのための会議だ。ゲデヒトニス家のことではなく個々人の、お悩み相談室のようなものだった。
 そこで私が今日のことを話せばパーティーの裏方で奔走して疲れていたはずの面々が活気を取り戻したので驚きながら、

「だって、突然そんなこと言われたら――」
「普通に『少し考えさせて下さい』って言えば良かったと思うけど」
「でも、それに私、この家を簡単に離れるなんて――」
「リーベは立派で優秀なメイドだけれど、代わりはいくらでもいるわ」
「そ、それならリヴァイさんの家のメイドだって同じこと――」
「『お前がいい』って言われたのに?」

 リヴァイさんの真剣なまなざしを思い出して、心臓の音が大きく鳴った。
 それを振り払うように、私は声を上げる。

「でも、私! この家にご恩があるし……!」
「それはあんたの気持ちであって、当主様は今まで一度だってそんな恩に着せるようなことを言ってきた?」
「…………言われてない」

 そんなことは皆無だ。それどころか必要最低限の言葉しか交わしたことがない。なぜなら私はメイドで、影に徹する存在だから。

「つまり、生きたいように生きればいいの。ゲデヒトニス家も誰もあんたを縛ってはいない。あんたは単にこの家が大切で――それと同時に依存してるのね」
「依存……」
「ま、ずーっとここで育ってたなら実家みたいなものだし仕方ないかもね。あんたに家族はいないけどさ」
「…………」
「だからもう一度ちゃーんと考えてみなさいよ。じーっくりとね」
「わ、私は……」
「リーベ」

 最後にメイド長が静かに言った。

「生きる場所は自分で決めねばなりませんよ」
「…………はい」

 私は――どうすれば良いのだろう。
 私は――どうしたいのだろうか。

 ごめんなさい、と告げた時のリヴァイさんの表情を思い出しながら私はうつむいた。




「自分に向けられる好意にあの子は鈍感よね。だからアルト様のラブアタックも効果ないし気づいてさえもいない」
「アルト様は良くも悪くも優しすぎるのよ。あれじゃ駄目。人類最強みたいに言ってわからせるべきだと思うわ」
「いやいや、全然意味をわかってなかったってば。あの子、メイドとして家に呼ばれたと思ってたみたいだし」
「え、違うの? 確認したいんだけど、さっき皆はアルト様計画中の『プロポーズ大作戦』から逃がすために色々言ってたのよね? 間違いなく断るあの子はもう屋敷にいられなくなるから」
「それもあるけどさ、ってあんたもわからないんだ? 家を買った男が女一人を囲おうとするんだから、もうあれは――」
「あなたたち、明日も早いのですからお眠りなさい」
「はいぃ! メイド長!」
「すみませんっ」
「もう寝ます!」
「明日も頑張ります!」
「夜ですから静かにしなさい。――すべてはリーベが自分で決めることですよ」

(2014/01/29)

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