大空の英雄と地上の小鳥 | ナノ


昼食

 ところで、リヴァイさんと私の結婚を知っている調査兵は限られている。エルヴィンさんにミケさん、あとはハンジ班の皆さんだけらしい。大半の人はリヴァイさんが結婚したと噂で耳にしていても、その詳細――相手までは知らないという。リヴァイさんがあまり話さない上に周りへ口止めしているからだ。

『兵長のお嫁さんはものすごく料理上手だってよく聞きますよ』

 結婚相手――つまり私の情報はさっきニファさんが話していたような朧気な人物像くらいだろう。

 私としては別に話されなくとも構わないし、自分で言いふらす趣味もないので朝からそのことに関して口に出すことはない。

 つまり何が言いたいのかというと、ほとんどの人が私のことを貴族屋敷から手伝いに来たメイド、と認識しているのだ。




 朝食の時間が終わり、ざっと食堂を掃除してから今度は昼食を作っていると、

「貴族が何だ。そんなものに俺は――ぶへっ!?」

 一人の兵士さんが現れるなり盛大に舌を噛んだ。

「だ、大丈夫ですか!?」

 私がおろおろしていると、続いて女性の兵士さんがやって来た。

「びっくりさせてごめんなさい、こいつがうざったいのはいつものことだから気にしないで。――私はペトラ・ラル。こっちはオルオ・ボサド」
「リーベと申します。ありがとうございます、ペトラさん」

 すると、

「迷惑じゃなければ歳も近そうだし普通に話さない?」

 そんなことを提案された。

「あ、じゃあ……そうする」

 私が驚きながらもつい頷けば、ぎゅっと手を握られた。

「ペトラさんじゃなくてペトラって呼んでね、リーベ」

 どうしよう、嬉しい。

「――ありがとう、ペトラ」

 自然と言葉が唇からこぼれて、ペトラが微笑んでくれた。

 そんな流れで昼食は四人の兵士さんが手伝ってくれた。ペトラとオルオさんに、後からやって来たエルドさんにグンタさんだ。聞けば彼らはリヴァイ班に所属しているらしい。

 この人たちがリヴァイさんの班員なのかと心の中で感動しつつ、私は潰した芋をパンケーキのようにどんどん焼いていく。そのうちお皿が足りなくなっていることに気づいた。
 近くにいたグンタさんに声をかける。

「すみませんが、そちらのお皿を取って頂けますか?」
「…………」
「あの、グンタさん?」

 なぜかこちらを見たまま立ち尽くして動かないグンタさんの顔を覗き込めば、はっとしたような表情になった。

「いや、な、何でもない」
「お疲れでしたら休んで頂いても――」
「違う! 構わないんだ、そんなことは全然!」

 そう言って慌てたようにお皿を持って来てくれた。
 何だか申し訳ない気持ちになったが、時間も時間なのでさっさと数をこなすに限ると意識を切り替えて調理に集中する。

 やがて全員分の昼食が完成してすぐに捌けた。一段落ついて、私はリヴァイ班の皆さんに頭を下げる。

「助かりました、ありがとうございます」
「大したことじゃない。気にしないでくれ。――さて、俺たちも食おう」

 エルドさんが鷹揚に言ってから自分たちの分の準備を始める。私も手伝っているとそのタイミングでリヴァイさんが食堂へやって来た。

「おい、リーベ――」
「兵長! お昼をご一緒してもよろしいですかっ? まだ食べられてませんよね?」

 私に向かって何か言いかけたリヴァイさんよりも先にオルオさんが目を輝かせて駆け寄る。

「お前たちまだ食ってなかったのか」

 リヴァイさんがそれに応じているとグンタさんが私のそばに来て、

「あの、リーベさん。よ、良ければ俺たちと一緒に食べないか? いや、食べませんか?」
「敬語でなくても構いませんよ、グンタさん。――お邪魔でなければご一緒させて下さい」

 私の言葉にペトラが何度も頷いていた。

「うんうん、そうこなくっちゃ」

 そうして私たちは人数分の食事を食堂のテーブルへ運んだ。

「さっき何か言いかけてませんでした?」
「……お前と昼を食おうと思っていただけだ」
「じゃあちょうど良かったですね」

 リヴァイさんと二人でそんなやり取りをしているうちに全員が席へつく。
 昼食の時間から少しずれたせいか、ここにいるのは私とリヴァイ班の皆さんだけだ。

「いただきまーす! ――うん、お昼も美味しいっ」
「本当? ありがとう、手伝ってくれたおかげだよ」

 和やかに食事が進む中、向かいに座っていたグンタさんが思い詰めたような表情で立ち上がったかと思うと私をまっすぐに見た。

「あの、リーベさん!」
「は、はいっ」

 何事かと驚いてつい同じような勢いで私が応じればグンタさんが言った。

「今日会ったばかりの方にこのようなことを言うのは失礼だと思いますが、その……!」
「何でしょう?」

 笑って促せば、グンタさんはぴしりと背筋を伸ばし、

「け、結婚を前提にお付き合いして下さい! お願いします!」

 一瞬の沈黙の後、

「え、えええっ!?」

 驚いたのは私だけではない。ペトラは口を大きく開けて、オルオさんはまた舌を噛んでエルドさんは目を見開いている。
 そしてリヴァイさんの表情は変わらないが、カップを持つ手が不自然な位置で止まっていた。

 突然のことに言葉を返せずにいると、グンタさんが続ける。

「信じてもらえないかもしれませんが本気です! 笑顔がとても可愛らしくて、真剣に食事を作る姿に見惚れてしまいました! 俺はもっとあなたを知りたいっ」

 そこで思い出す。
 リヴァイさんの結婚相手を兵士の皆さんの大半が知らないという事実を。

 どうしようと私が戸惑っていると、

「グンタ、それは無理な話だ」

 静かな声。リヴァイさんだ。向かい合う私とグンタさんの間、誕生日席と呼ぶべきなのかそこにいるので、全員の視線が自然と集まる。

「え、兵長? なぜですか?」
「こいつは俺の連れ合いだ。他に渡すつもりはない」

 再び、食堂に沈黙がおりた。

「つ、連れ合いって……」

 グンタさんがぱくぱくと口を開いてから、

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って下さい! 兵長が以前、け、結婚したと仰られていましたが、え、じゃあ、お相手は……えええー!」

 結婚の詳細を知られないようにしていたはずなのにリヴァイさんは構わないのだろうかと不安になったが、こうなれば私のやることは一つだ。

「はい、私はリヴァイさんと結婚しておりますのでお付き合いすることは出来ません。ごめんなさい、グンタさん」

 頭を下げてそう返事をすれば、

「いえ……知らなかったとはいえ失礼しました。……忘れて下さい」

 グンタさんはうなだれるように椅子へ腰を下ろした。
 その隣にいるエルドさんがカップを傾けて口を開く。

「可愛らしい嫁さんもらったんですね、兵長」
「まあな」

 リヴァイさんが表情を変えることなく当然のように頷くものだから、私は顔が赤くなるのがわかった。

 するとペトラが私の隣で考え込むように頭を抱える。何やら深刻そうだ。

「リーベが兵長の奥さんだったとは……そもそも結婚してたのね……指輪とかしてないからわからなかったわよ……。あ、やっぱり敬語の方が良いかしら」
「うーん、変わらず話してくれると私は嬉しいな」
「良かった、じゃあそうするわ」

 ペトラがほっとしたように紅茶へ口をつければ、その隣にいるオルオさんが鼻を鳴らす。

「兵長の奥方だからといって俺は手の平を返すように態度を変えたりしない。なぜならそれは――ぐはっ!?」

 ペトラに背中をばしりと叩かれたオルオさんがまたしても盛大に舌を噛んだ。

「やめてくれない? 何様のつもりなのよ。それに兵長はそんな話し方じゃない!」
「あ、リヴァイさんの真似だったんですね。そういえば似た格好もされてますし」

 するとペトラが必死になって何度も首を振る。

「似てないわよこんなの! オルオが兵長に似るなんて、巨人が服を着るのと同じくらいありえないんだから!」
「ペトラよ、お前もまだまだだな。だがこの道へ進む者の深淵がわからないのも無理はない」

 二人のやり取りにエルドさんが肩を揺らして笑い出す中、私はちらりとリヴァイさんを見た。

「…………」

 わかりづらいけれど、わかる。これは「嫌だなー」と思っている顔だ。

 真似されるのが嫌なんだ、リヴァイさん。

 つい私も笑ってしまって、じろりと視線を向けられた。

「何だ」
「いえ、楽しい方々ですね」

 賑やかな昼食だと思っていると、グンタさんと目が合った。何を話せば良いのかわからなかったので微笑んでみせるとグンタさんは少し切ないような表情になってから、それでも笑ってくれた。

(2015/02/02)

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