大空の英雄と地上の小鳥 | ナノ


朝食

「何を言ってるんだ! メイドの髪型はお団子にしてまとめるのがセオリーだろう!」
「ツインテールも捨てがたいです分隊長!」
「それも悪くないねケイジ! ん、ニファは何してるの?」
「頭はヘッドドレスですか? キャップにしますか? 私はこのリボン付きが一押しです! エプロンはこっちで!」

 早朝。調査兵団本部。
 私は輪の中心にいるにもかかわらず話に入ることが出来ずにいた。

「あの、私はどうすれば……」

 まさか自分の髪型や衣服について長い時間議論されるとは思わず戸惑っていると、輪の外にいるモブリットさんがため息をついて、

「分隊長、今日を楽しみにしていたのはわかりますが困らせるのは――」
「もうちょっと! あと少しなんだモブリット! いやー、ミニも画期的だとは思ったけれどメイドのスカートはやっぱりロングだよね! ふわっと裾が広がる瞬間こそロマンがある!」

 そのやり取りを聞きながら私は部屋の隅へ視線をやる。そこではリヴァイさんが壁にもたれ腕組みをしてこちらを見ていた。目が合ったので私が苦笑すると、

「――出来た、これでよし!」

 ハンジさんが満足げに声を上げた。

 ワンピースドレスは兵士のマントと同じ深い緑色。白いエプロンは一見シンプルだが、よく見れば輝くような白糸でたくさんの花の刺繍が施されている贅沢品だ。
 そして髪型は左右に長い三つ編み。実用的とは思えないくらいに可愛らしいキャップをピンで留めてある。

「これだよこれ! 完璧だ……!」
「ついに調査兵団にメイドが……!」
「我らハンジ班の叡智がここに……!」

 盛り上がる三人にモブリットさんがため息をついて、疲れたように言った。

「ご苦労様です、あとは自由にやって頂けたら充分なので」

 私は微笑んで応じる。

「では朝食作りに戻りますね。もう出来ますので」

 するとハンジさんが万歳をして、ケイジさんはガッツポーズ、ニファさんは目を輝かせた。




 調査兵団付き料理人の皆さんが今日一日揃ってユトピア区まで慰安旅行へ行くことになったらしい。
 その穴を埋めるため、調理を始め掃除などを手伝って欲しいとハンジさんから頼まれた。リヴァイさんは渋々ではあったが団長のエルヴィンさんからも許可が降り、私は本日限定調査兵団付きメイドとして働かせて頂くことになったのだ。

 早朝から準備していたパンの焼き加減を確認して大鍋で野菜スープを混ぜていると、切り揃えた髪を揺らしてニファさんがやって来た。

「何かお手伝い出来ることはありませんか?」
「ありがとうございます、このスープの味見をお願い出来ますか」

 小皿に一口分のスープを渡せば、ニファさんが早速口にしてくれた。

「おいし……! 噂に違わぬ味ですね」
「噂?」
「ええ、兵長のお嫁さんはものすごく料理上手だってよく聞きますよ」
「そんな……ええと……」

 恐縮しているとニファさんが言った。

「ずーっと兵団にいて欲しいと思いますが……兵長のお気持ちもわかるので簡単にお誘いするわけにはいきませんね」
「ありがとうございます。お手伝いしたい気持ちはありますが、身内が出入りして規律を乱すことは宜しくないと思いますし」

 するとニファさんが小首を傾げて、

「お二人とも立場や状況を忘れて公共の場で周りを気にせずいちゃつくような人ではありませんからそんなことは問題じゃありませんよ。兵長が心配されているのは別のことです」
「別のこと?」
「ええ」

 それから彼女はにこりと笑った。やがて時計を確認して、

「スープの配膳は私がやりますね。リーベさんはオムレツどんどん焼いて下さい。副長、パンを並べて頂けますか」
「ああ、わかったよ」

 ニファさんの言葉にモブリットさんが返事する。

「お二人ともありがとうございます。モブリットさん、パンは焼きたてで熱いので気をつけて下さい」

 それぞれてきぱきと動く中で、うっとりとこちらを眺める人がいた。

「良いなあ、目の保養とはこのことだよ。――あ、私たちは片付け手伝うからね、リーベ」
「でもハンジさん、お忙しいのでは?」
「大丈夫大丈夫。ね、ケイジ?」
「もちろんです!」
「いい返事だ。――そうだリーベ、これ持ってて」

 突然、ハンジさんから小さな卵に似た丸いものをぽんと渡された。

「困った時に床へ落として、ぎゅっと目をつぶってね」
「え、あの――」

 これは何ですかと訊ねる前にハンジさんがパンのつまみ食いをしてモブリットさんに怒られたのでタイミングを逃してしまった。そうするうちに目の前のフライパンが温まったので私はそれをポケットへ入れて本物の卵を手に取る。

 やがてリヴァイさんが私の近くに来た。

「何か不都合は」
「ありません、皆さん良くして下さるので」
「疲れていないか」
「まだ朝ですよ。一日はこれからです」

 私が出来たばかりのオムレツ第一号をお皿に乗せると、リヴァイさんはそばにあったフォークで早速ぱくりと食べてしまった。

 驚けば、じろりとした視線が向けられる。

「何だ」

 私は即座に首を振って、

「いえ、あの……焼き加減と味付けはこれくらいにしようと思いますがどうでしょう? おいしいですか?」
「ん」
「良かった」

 満足げな反応に頬が緩む。

 どんどん焼いていこうと新しい卵を手に取れば、

「リーベ」

 低い声が耳に届いた。

「……無理はするなよ」
「ありがとうございます、リヴァイさん」

 心配してもらうことは嬉しい。でも、どうか心配し過ぎないでほしい。
 だから少しでも安心してもらえるように、私は微笑んでみせた。

 そうするうちにたくさんの兵士の皆さんが食堂へやって来た。

 私は改めて気合いを入れる。

 調査兵団付きメイドとして、今日は一日頑張ろう。

(2015/01/18)

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