お茶
休憩であるお茶の時間を予め教えられていたので、それに合わせて私はエルヴィンさんの部屋を訪れた。団長らしく立派な部屋だ。
「リーベ、今日はご苦労様。ハンジが喜んでいるよ。それに兵士たち、もちろん私も助かっている」
「ありがとうございます、エルヴィンさん」
カップを渡せば、エルヴィンさんは早速口につけてくれた。
「良い紅茶だ。毎日来てもらいたいくらいだよ。リヴァイが君を独り占めしたがるのもわかる」
「いえ、そんな……私は独り占めされるような大した人間ではありません」
私の言葉にエルヴィンさんがカップを傾けて笑う。
「そんなところも彼は君を好いているのだろうな。――リヴァイのすべても君のものであれば良いが、兵団には彼の力が必要なんだ。その点をすまなく思っているよ」
「そ、そんなことはありません。私がリヴァイさんを独占してはいけませんよ」
私が首を振れば、エルヴィンさんがこちらを青い瞳でじっと見つめる。
「なぜそう思うんだい?」
「それは……」
私は少し考えてから答えた。
「あの人は籠に閉じこめてはいけない鳥のようなものだと思うからです」
「ならばリーベ、君は『籠』になるのかな?」
言葉に詰まる。どんな言葉を返せば良いのか、わからなくて。
するとエルヴィンさんは穏やかに微笑んだ。
「君も鳥だよ。望めばどこへだって行ける、どんなことも出来る、どんなものにでもなれる。君の魅力も価値も、計り知れないものだと私は思うんだ。だから君のような女性はリヴァイにもったいないのではないかと――」
「おいエルヴィン、人の女を口説いて何してやがる」
リヴァイさんが部屋に入って来た。立体機動装置を身に付けている。
「訓練は終わったのか。早いな。もう少し彼女と話していたかったが仕方ない。――リーベ、私は失礼するよ。ご馳走様。しばらくゆっくり過ごすといい」
「は、はい。ありがとうございます」
書類の束を持ってエルヴィンさんが行ってしまった。残されたのは私とリヴァイさんだ。
「……何の話をしていた?」
「ええと、口説かれていたのではなくて――」
正直に話すと怪訝そうな顔をされた。
「随分と妙な話をしたもんだな」
「まあ、その、お茶飲み話というものですよ」
「お前は俺の居場所だが、籠じゃねえよ。……それは俺の方だ」
低く呟くリヴァイさんに私は首を傾げる。
「私は閉じ込められているとは思っていませんよ?」
「お前の心が広いからそう感じるだけだ」
広いのだろうか、私の心は。
そうでありたいとは思っているけれど。
「――だから俺を『独占したい』とも思わないんだろうが」
その言葉に私は首を振った。
「いえ、リヴァイさんを『独占してはいけない』と思いますが『独占したくない』とは思っていません。私にだって欲はあります」
「あ?」
ぴくりとリヴァイさんの眉が動く。何かおかしなことを言っただろうかと思っていると、
「お前のそれは独占欲と呼ばない」
「え、えええ!」
まさかの否定に驚いて、
「何でそんなこと言うんですかっ、気持ちなんて推し量れないものを!」
「独占欲ってのはだな、他の誰にも触れることも目に映すことも話すこともさせたくないと思うあまりにいっそ閉じ込めて自分のことだけを見ていれば良いと思う願望だ。遠慮して自分を低く見積もるばかりのお前とは無縁の感情だ」
ずらっと淀みなく並べられた言葉に圧されながらも、私は必死になって声を張る。
「お、思ってます、よ……!」
胸の前でぎゅっと手を握り、言葉を続けた。
「私だって……その……私だけを、見て欲しいって……」
何言ってるんだろう、私。
「馬鹿か」
ほら、リヴァイさんも呆れてる。
「俺はお前しか見てねえし、お前しか考えられない」
気づけば強く抱きしめられていた。
苦しい。でも、嬉しい。
「迷惑、じゃないですか?」
「そうは思わない。むしろ望むところだ。結婚した相手に遠慮するんじゃねえよ」
リヴァイさんは強くはっきりと断言する。
「惚れた女に求められるのは悪い気がしねえからな」
顔が熱くなるのがわかった。
心臓が苦しくて。
感情があふれる。
「だ、だったら……」
「何だ」
私はぎゅっと抱き締め返した。
「少しだけ……このままじゃだめですか?」
何やってるんだろう、私。
休憩中だからって、ここは働かせて頂いている場所なのに。
離れなきゃ。
お仕事の邪魔だ。
はしたない。
どうかしている。
そう、わかっているのに、
「リヴァイさん」
自然と言葉が溢れた。
「ずっと、一緒にいたいです」
心の広い人は、どんな気持ちも譲れる人のことだと思う。
でも、私には譲れない望みがあるから。
そのためなら、どんなに心の狭い人間だと思われても構わない。
すると――そっと顎を持ち上げられる。何だろうと思うより早く唇が降ってきた。
「ん……」
口を開ければ舌と舌が触れ合う音が立つ。恥ずかしいと思ったのに、すぐにそんなことを忘れてしまうくらいに翻弄される。
止めなきゃ。離れなきゃ。
そう思うのに、止めたくなかった。離れたくなかった。
「っ、んぅ……!」
キスは深くなるばかりだった。何度も顔の向きを変えられて、ぎゅっとリヴァイさんのジャケットをつかむ。
そのうち息苦しくなって、
「ふ、あ……ま、待って、くださ、い……!」
「何だ」
私は時計を確認する。
「あの、もうすぐ会議の時間、でしょう?」
「ずっと一緒にいたいと言っただろうが」
「そ、そういう意味じゃ、なくて……」
言葉を探しているとリヴァイさんが小さく笑う。
「冗談だ、わかってる。――リーベ」
「はい」
何だろうと思えば、リヴァイさんは身体から立体機動装置を外した。これで宙を自在に飛べるだなんて、発明したアンヘルさんもそれを駆使するリヴァイさんもすごいなあと思っていると、
「会議が終わるまで預かってくれ。今の俺にとって二番目に必要で大切なものだ」
「わかりました」
机の上に置かれたそれを眺めながら私は首を傾げる。
「一番は何ですか」
するとリヴァイさんは私の額をこつんと軽く小突いて、部屋を出て行ってしまう。
私は痛くもない額を押さえて顔を赤くするしかなかった。
(2015/03/14)