8:21
「次の仕事は何だい?」
「各領地を治める貴族の一角、ゲデヒトニス家を弱体化させることだ」
「ふうん、じゃあその家の当主を殺せばいいんだね」
「いや、当主はもう歳だ。狙うは若き次期当主、アルト・ゲデヒトニス」
「ふむふむ」
「だが殺すな。ゲデヒトニス家が倒れると他家が代わって台頭することになる、それでは意味がない。だから弱体化を狙うんだ」
「殺さずにどうやって?」
「アルト・ゲデヒトニスはあるメイドに惚れている。結婚しようとまでしていたらしい。結局のところ失敗し、この女はゲデヒトニス家を去って今は元メイドだが」
「はあ? 貴族がメイドと結婚出来るわけないじゃん。馬鹿だね、そいつ」
「だな。だがつまり、この女はアルト・ゲデヒトニスの弱みだ」
「じゃあつまり――」
「ああ、この女を使うぞ」
「了解。死ぬより酷い目に遭わせてやろう」
ある朝のこと。
私は仏頂面のリヴァイさんと向き合っていた。
「これ、ハンジさんが貸して下さった本です。『アンヘル・アールトネンの功績』といって、立体機動装置の変遷が描かれた面白い歴史書でした。リヴァイさんも読まれませんか?」
「…………」
「こっちは最近人気のパン屋さんで買ってきた季節のパンです。冷めてもおいしいと評判ですよ。お昼に食べて下さいね?」
「…………」
「そ、それにしても良い天気ですね。後で散歩へ出られたりしますか?」
「…………」
「ええと、あの、リヴァイさん?」
「…………」
彼は今、とても不機嫌だ。
「何か言って下さいよ」
私が顔を覗き込めば、
「……本だのパンだの散歩だの、そんなものでお前のいない時間を埋められると思うか」
リヴァイさんはやっと口を開いてくれた。
「日が暮れるまでには帰って来ますから。ね?」
この日、私はメイド長から「たまには顔を見せにいらっしゃい」とゲデヒトニス家へ招待されていた。
あんな別れ方をしてしまったアルト様とお会いして良いものかと迷ったものの、メイド長によると「心配は無用」とのことだったので、結婚して以来初めてゲデヒトニス家へ向かうことにしたのだ。
それに、私にはある目的があった。
「どうもー、郵便でーす」
外から扉を叩く音と声が聞こえて、私は応じる。
「あら、こんな時間にですか?」
「速達ですのでー」
「ご苦労様です。――あ、リヴァイさん宛てですよ」
郵便屋さんを見送り、私が届けられた手紙を渡せば、
「差出人の名前がねえな」
リヴァイさんはそれを適当に机へ置いた。後で開封するつもりなのだろう。
私がそう思いながら身支度を整えていると、いつの間にかリヴァイさんがすぐそばに来ていた。
「俺が行くなと言えばどうする」
「リヴァイさんはそんなこと言いませんよ」
「質問に答えろ」
今日はせっかくリヴァイさんが一日家にいるし、こんなに引き留められたら私だってここにいたいけれど。
「一つだけ、ゲデヒトニス家でやらないといけないことがあるんです」
私が自分自身へ言い聞かせるように話せば、仕方なさそうにリヴァイさんがため息をつく。
「遅くなるなよ」
「はい」
「貴族野郎に言い寄られたら殴り飛ばせ」
「アルト様はそんなことされないと思いますが」
「わかったな」
「……わかりましたよ」
私が苦笑して頷けば、
「リーベ」
頬をそっと撫でられたかと思うと、やさしい唇が降ってきた。
目を閉じて、しばらく身を委ねていたが、
「ん、む……」
私は慌てて顔を逸らす。
「朝からこんなキスしちゃだめですよ」
「あわよくばこのまま雪崩れ込むつもりだったからな」
「だ、だめですってば。これから出かけるのに」
顔が赤いのを自覚しながら私はリヴァイさんから身体を離した。
「お土産買って来ますからね」
「お前が帰って来るだけでいい」
「帰って来るに決まってるでしょう。おかしなことを言いますね」
外へ出れば、リヴァイさんも一緒にそこまで来てくれた。いつも見送る側だからか不思議な気分だ。
「それでは行って来ます」
「ああ」
最後にもう一度、今度は軽く口づけを交わして、私は歩き始める。
少ししてから振り返れば、リヴァイさんがまだ見送っていてくれたので小さく手を振った。そしてまた歩き出す。
「今日もいい天気だなー」
こうして私は久しぶりにストヘス区へ向かった。
(2014/06/06)