大空の英雄と地上の小鳥 | ナノ


新しいお仕事は何ですか?

「お、おかえりなさいませ、ご主人様っ」
「……これはどういう状況だ」

 この日、私は久しぶりに黒のワンピースドレスに白いエプロン、頭には白のキャップを乗せていた。ゲデヒトニス家のメイド服だ。
 その服装と先ほどの台詞でリヴァイさんを玄関先で出迎えれば怪訝な顔をされてしまったので、私は一冊の本を見せつつ説明することにした。

「ハンジさんがお昼前に来られて、この本を貸して下さったんです。ここに書かれていることをやってみればリヴァイさんが喜ぶと聞いて――」

 本の表紙には様々な衣服を身に付けた女性がたくさん描かれていた。

「それで『メイドさんごっこ』なら出来ると思ったんです。私、元メイドですし」

 するとリヴァイさんは私の手から本を取るなり、ものすごい速さでページをめくり始めた。眉間の皺がすごく深い。機嫌が悪そうだ。どうしよう。

「あ、あの、もしかして『お医者さんごっこ』の方が良かったですか? 医療の心得がないので私に務まるかわかりませんが……ええと、他には何がありましたっけ」

 確認しようと本へ手を伸ばせば、そこでリヴァイさんが腕を伸ばして、私からそれを遠ざける。さらにぱたんと本を閉じた。

「没収。ハンジには明日、俺が返す」

 その低い声に、私は訊ねる。

「趣味に合いませんでしたか?」
「……俺はお前の趣味を聞きたい」
「私は、その、リヴァイさんに喜んでもらえたら嬉しいなと思って……この類の趣味はよくわからないです」

 メイド服を脱いで着替えるべきか迷っていると、リヴァイさんはため息を付いた。

「リーベ。別にお前が何を着ようと悪くねえが……また歯止めが効かなくなっても知らねえからな」

 少しばかり歯切れの悪い口調に、前に私がリヴァイさんの兵服を着た時のことを言っているのだろうとすぐにわかった。
 その時のことを思い出して、自分の顔が赤くなるのを感じた。

「喜んで頂けるのでしたら私は、その、構いませんが……」
「ほう」
「リヴァイさんはどんな私が好ましいですか?」

 訊ねればリヴァイさんはゆっくり手を伸ばし、やさしく私の頬をなぞる。

「特別なことは必要ねえよ。お前のままで充分だ」

 何て嬉しい言葉だろう。自然と頬が緩むのがわかった。

「でしたら、あまり風変わりなことはやめておきますね? すぐ着替えて来ますからちょっと待ってて下さい」

 私がそう言えば、次の瞬間には身体がふわりと浮いていた。もちろんリヴァイさんの手によって。
 あれ? と思っているうちに寝室へ運ばれていることに気づく。

「『特別なことは必要ない』のでは?」
「……元々はこれがお前の普段着だろう。それに俺が喜べば嬉しいんじゃなかったか?」
「でも、ご飯がもう出来てますよ? お風呂の用意も――」
「お前が先だ」

 軽々とベッドへ乗せられて、持っていた本を適当に投げるリヴァイさん。借りたものなのに。――と、そこで思い出した。

「あ」
「何だ、やめねえぞ」
「いえ、本を貸して頂いた時にハンジさんから言われたことを思い出して……」

 私は言った。

「この生活に慣れて時間に余裕が出来たら、調査兵団本部の清掃やお茶出しをしてくれないか、とお仕事を打診されました」
「何だと?」

 するとリヴァイさんは舌打ちをして、眉を顰める。

「あのメガネ、俺は何も聞いてねえぞ。……で、お前はどう返したんだ」
「リヴァイさんに許可を頂いてからにしようと思って、お返事はしていません」

 私をじっと見つめてからリヴァイさんは嘆息して、

「別にいちいち許可を取る必要はねえが――今回の件は却下だ」
「駄目ですか?」
「前に言ったはずだ。『お前は機嫌良く飯でも作って、楽しく掃除して、歌いながら洗濯していればいい』。それだけで充分だ。戦うことはないにしろ兵団で働くとなればお前は――」
「リヴァイさん」

 私はそっと名前を呼んで言葉を遮った。

「確かに兵団でのお仕事は想像出来ないような大変なこともあるでしょうが、リヴァイさんは少し心配しすぎのような気がします」
「……働きたいのか?」

 探るようなまなざしを向けられて、私は少し考える。

「うーん、まあ、そうですね」
「…………」
「それに、最近だと家で何をしようか悩む時間もありますし」
「そうなのか?」
「はい」

 結婚当初よりはうまく時間が扱えるようになった結果だった。一日中かかりきりだった家の仕事も、今ではゆとりあるものになりつつある。何事も慣れていくものだと思った。

 するとリヴァイさんはしばらく黙ってから口を開く。

「……それなら、家の仕事を増やしてやろうか」
「え?」
「どうする。やる気はあるか」

 もちろんですと即答しそうになった私は一度口を閉じた。待って、と頭の中でもう一人の自分の声が聞こえたような気がしたのだ。

「ええと……それはどのようなお仕事でしょう?」

 首を傾げれば、リヴァイさんは私の髪へ手を伸ばす。そして白のキャップを外したかと思うと、きっちりまとめていたシニヨンをほどいた。ほんの数秒で髪が下ろされて驚いていると、軽く肩を押されて上半身が倒れる。

 私に覆い被さったリヴァイさんは一言。

「子育て」

(2014/05/12)

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