「人と合わせるのなんて当然だろ。そんなこともできねぇのかよ」
 合わせられなくて、落第者の印を押された僕だから、容赦なくののしった。彼女はクラスで孤立している。おまけにいじめられている。身から出た錆だ。当たり前のことも出来ないんだから、どこにも同情の余地はない。誰かに助けてもらえると思うな。僕が傍観者? 違う。ただ助く必要のないものを放置するだけ。
「あたしね」
 彼女の頭からぽたりと水が落ちた。どうやら、水道水をかけられたわけではないらしく、尿のにおいがする。便器に顔を突っ込んだみたいな、醜悪なにおいにえづきそうになる。まったく、コイツはどうやってあの普通の女子をここまでたきつけたんだろうか。人付き合いが下手くそなのにもほどがあるだろ。うつむくな。泣きそうな顔をするな。弱々しく頬を痙攣させるんじゃねぇよ。何様なんだよ。耐えろよ。
「走ることも出来てなかったの。春休みの大会、二番手だった。トップ走らせてもらえないかった。あんなに毎日、頑張ってきたのになあ。毎朝十キロのマラソンだって欠かしたことないのに。短距離百本とか、腹筋作りとか、誰よりもたくさん、本気でやった自信ある。お腹だって割れてる。走り込んで自分の弱点研究して、体調管理も怠ったことないのに、始めて一年の後輩に負けた」
「ふむ」
 顎に手を添えて相槌を打った。
「その新人一年生とは、すでに大学推薦の声もかかっているほどの才能の持ち主だと聞いたけど」
「仁地君の耳にも入るくらい、なんだ……」
「そういう天才と本気で渡り合ったって下らないよ。自分を殺されるだけだ。僕たち凡人には凡人なりの良さがあるんだから、難しく考えなくて良いんじゃないの。才能なんて持っているなら勝手に発揮されてるよ。活躍は天才に任せて僕たちはのんびり見物すればいい」
 小来さんへ穏便に相手をするなんて、本当は嫌で嫌でたまらなかったけど、ハイココデサヨウナラと言うわけにはいかなくて、仕方なく座り込んで動かない両腕を握って立たせた。手の内側にビチャリと張り付く嫌な感触があって、思わず顔をしかめる。
「くさいよ」 小来さんは信じられない物を見るように僕を見据えた。排便被りの少女とは思えない凄みにたじろぐ。
「誰かが風を切って走っている姿を、黙って見てるだけなんて、我慢出来ない。天才とか、才能とか、関係ない」
 舌打ち。ひょいと僕の甘言に騙されてしまってくれれば面倒じゃないのに。
 そうですね、あなたの言うことは正論ですね、走り一本勝負、それ以外の部分で勝ち負けを競ったって意味がないですね。努力が大事と諦めないなんて美しいですね。
「小来さんくさいよ。どっかで体を洗ってから帰った方がいいんじゃね? でも僕の家は貸さないからな」
「スポーツジムなら……でも。ねえ、お願い、ついてきて欲しいの」
 いつになく殊勝にお願いをするから、断る言葉を言いそびれた。
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