イロハ
「きゃはは、見たー?」
「あの顔!」
「ずぶ濡れで!」
 女子が三人、嬌声を上げ互いの表情を確認し合いながら廊下を駆け抜け僕とすれ違った。始業式の直後で、みな、妙に緊張し浮かれた気分になっていた。小来はると僕は再び同じクラスだったが、去年までと同様、教室で言葉を交わすことはなかった。でも相変わらず部屋に来てはいる。今日も来るだろう。そして、狂った色で溢れた極彩色の部屋で、瞑想するように目を閉じる。一時間経つと、またね、と帰って行く。一体彼女が何をしに来ているのか、僕にはわからない。
 職員室に行こうとしていた僕の足が止まった。階段の横の、女子トイレの前にしゃがみ込む陰がある。頭から水をかぶったのか、いつもはさらさらとしている長髪が束になって頬に張り付いていた。膝を抱えて、始めて声をかけた雨の日みたいに、虚ろな目で虚空を見ていた。
「小来さん」
 正面に回り込んでみたけど反応はない。僕はため息。
「なにしてんのさ、こんなとこで。さっきの女子にやられたの?」
 彼女達が立ち去った方を見たが、当然もうどっかに立ち去っていて、放課後の廊下に人影はない。
「部活は? 今日はないの? サボっていいの?」
「はる、ねくらかなあ?」
「さあ。意味わかんねぇ言動多いけど、どっちかっつーとギャルっぽい」
「ふふ。そう言ってくれるんだ。嬉しい。あたしはね。走るのは好きなの。でも、ほかはまるっきりなの。昔っから女の子から避けられることが多くて、どうやって話したらいいのかわからない」
 僕は首を横に四十五度倒した。おや、話し方が違うぞ。
「このキャラクター好き? って聞かれて、うさんくさい笑い顔が嫌いって答えたら、はぶられた。嘘でも好きって言うべきだった。合わせておくべきだったよ」
 合わせておくべきだった。
 周囲の空気を読んで、それに合わせた言動をする。人付き合いイロハのイ。それが出来ないとどういうことになるのか、僕はよく知っている。笑われるのだ。指をさして言われる。あいつ、人間じゃないんですよ、こんなこともわかんないんですよ。手のひらに汗が滲んだ。血液が凍って体が冷えていく。
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