「なんでこんなとこにソファーがあるの。ゼータク。あー目がちかちかする。こんな極彩色の空間でよく集中してベンキョー出来るよね。そんけーしちゃう」
「あのさ!」
 僕はシャープペンシルをノートに叩き付けて立ち上がった。大股に彼女に近寄る。勝手な事を言いまくる彼女に腹が立っていた。同時に、僕は彼女の存在に怯えていた。ボロを出してしまいそうで。ほら、美少女の前で、男子は普通自分の情けない所を隠すだろ? そういう理屈のそれがばれてしまいそうで焦っていた。
「文句あるならさっさと出てけよ。僕は高校生だから勉強がしたいんだ。小来さんはグラウンド走ってくればいいだろ。選抜メンバーなんだから」
 僕にそう言い放たれた後の小来さんの表情の変遷は、酷かった。これを蒼白になる、と言うのかも知れない。顔を真っ赤にする、と言うのかも知れない。のけぞって口を引き結ぶ。全身を抱きしめ、僕を睨む。脱力。腕を垂らし、うつむいた。
 床に手をついて覗き込むと、表情が消えていた。唇が細かく震えている。その奥から、あ、と声がした。あああああ。発音されるAの音があまりにも不安定なので、彼女の肺が縮み上がっているのがわかった。飛び出したAは錐(キリ)となって僕の胸を貫く。
「あんたには、はるの気持ちなんてわかんない! ねえ、自分をぶっ壊したいって思ったことある? 自分をおおうこの皮膚が、疎ましいって思ったことある? こんな、こんな、余り物の重油で作ったみたいなゴムスーツ、引きちぎってぐちゃぐちゃにしてやりたい!」
 喉の奥から叫んで、彼女は突然自分の足を握った。違う、皮膚を握って、滅茶苦茶な力加減で引っ張る。皮膚がちぎれないとわかると、げんこつで殴る。ばしん。ばしん。重たい音が部屋中に響き渡る。
 僕は唖然とそれを見ていた。止めようという気持ちは湧かなかった。ただ、面倒くさいな、そう思った。なんだよこいつ、変人ぶってやがる。
「仁地君にはわかんない。部屋に引きこもって一日中シャーペン握ってるだけの仁地君にはわかんない」
「なにがわかんないって言うんだよ?」
 いらっと来た。これ以上わからないことがあってたまるか。記憶の中の、お前はなにもわからないのな、とあざ笑った男の声が脳裏で響いて、僕は勢いよく立ち上がった。
「自分を痛めつけてヒロインごっこか?」
 小来さんの肩を突き飛ばし、そのまま床に押さえつける。顔を限界まで近づけた。目の奥を覗く。そこには闇があって、僕は映っていない。僕にはなにも見えない。彼女の体温が僕の顔面を撫でるというのに、なにも見えない。
「じゃあ、こっちからもひとつ質問だ」
 一音一音区切り、腹の底から低い声を出した。小来さんから立ち上る甘い香りが僕の鼻孔を通る。少し冷静になれた。
「緑色の血を見たことある?」
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