常識外れに効かせたエアコン、真っ赤に燃えるハロゲンヒーターの前で体を丸めてアイスクリームをかじる。汗がたらたらと額から滑り落ちる。小来さんは端に汗を溜め、スプーンにすくったものを舌の先で舐めるように食べていた。冷たいアイスクリームが喉の奥を落ち着かせる。苺ジャムの酸味が鼻へ抜け、アイスクリームが痺れるほど甘い。徐々に体の緊張が解けて来た。
 僕らは恵まれている、と思う。真夏に鍋を食べる贅沢とか、真冬にガンガン暖房を入れてアイスクリームを食べる、とか。少々の嫌な目にあったとしても、この小さな島国に生まれたことを感謝しなくてはいけない。しかし、生まれてしまったことは僕の願いだったのか? 意思だったのか?
「ここのところ、はる、運動してないんだよね」
「ん?」
 どういう意味かと思ったが、さっきの僕の言葉を受けての発言らしい。
「はるに比べたら運動してないって言ったじゃん?」
「ああ」
「もう、走れないかもって思ってる」
「走れないなら走らないでいいよ」
 勢い込んで彼女は振り向いた。彼女の鼻先が僕のアイスクリームに突っ込む。
「そ、そこは引き留めるもんでしょ?」
「なんで。出来ないなら、やらなくていいだろ」
 彼女にティッシュペーパーの箱を突き出し、アイスクリームの被害状況を確認した。
「やめてよ、そんな優しいこと言うの」
「麻薬みたいに中毒になる?」
「頑張らなくて良いかもって思っちゃうじゃん。そんなの、思ったら、引きずられたら、はるになにも残らなくなるじゃん」
「その程度の気持ちだったってことだよ」
 ふっと鼻で笑われる。ようやく彼女がさっきまでのストレスから浮上したのがわかった。
「ずるい言い方すんね」
「どういたしまして」
「顧問の先生に走る能力がないって言われて、その後、あの日、仁地君と会った日、あの男に乱暴された」
「そうなんだ」
「自分の体が、まるで物みたいだった。生きてないの。あの男にとって、はるは人形なの。好きなように扱っていいの。はるの人権なんてないんだって思った」
「うん」
「内側に、あの男のわがままを詰め込まれた気分だった」
「うん」
 ただ、頷いて話を聞く。僕も男なんだけどな、一応。傘を貸した、そのタイミングが良かったらしい。危害を為すものと見なされていない。
「はるね、自分をぶっ壊したい」
「うん」
 この前の訴えはここにつながるわけか、とグラスの底でとろけたアイスクリームを掻き込んだ。
「はるは、はるをとりもどしたい。走れなきゃ、もう生きている意味ない。なのに、スポーツジムにはもう行けない」
「そこの道走ってくれば」
「ストーカーが出るの」
「それは危険だね」
 彼女は自分の足、ふくらはぎの筋肉を強く捻る。硬そうな足だ。よく、走り込んである。
「この体に限界があるのが嫌。走っても走っても速くならないのが嫌。こんなにやってるんだから、もっと筋肉とか育っても良いじゃん。なんでよ、この皮膚が邪魔してるの? 内側から爆発してしまいたい。毎日そんなこと思って、なにもする気が起きなくてぼーとしてる。走るのが怖い」
「アイスクリーム食べなよ。溶けてる」
「仁地君は、怖くないの!?」
 責めるような口調を投げられて、僕は半眼で見つめ返した。
「才能だろ」
「才能じゃない! やったら出来る! やって出来ないこと無いの! 努力したら叶うの!」
「才能だよ。君には、走る能力がなかった。そんなに努力したのに追い越された現実が何よりの証拠だ」
 突然小来さんは立ち上がり、ガタガタと窓を開け始める。開かれた窓から、寒風が吹き込む。僕は身震いをし、大慌てでカーディガンを羽織った。
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