奇襲攻撃→チャージ
 無人の資料室でストーブを目一杯燃やし、壊れかけた椅子に音を立てて座った。ゲーム機の電源を入れる。銃を構え、敵の陣地である船の中を鼻歌混じりに歩く。何回もやったコースだった。ベリーハードもベリーイージーにクリア出来る。飛ぶ血飛沫、耳元でこだまする銃声。だがしかし、画面の中の敵は予定されたルートを順調に周遊し、突然四肢を振り乱し激しく踊り出すこともなく、実に平和で退屈である。彼らは既に死んでいるのだ。イヤホンを外して画面から目を離した。緊張した目頭の筋肉を強く揉んでほぐす。
 京子のいない資料室は少し肌寒く、僕は体を温めるため立ち上がってぐるぐると落ち着かない猫みたいに歩き回り、テーブルの下や茶器の陰に何かを探し、空気中のにおいを嗅いだ。普段に比べ花のように香ばしいにおいは薄く、陰の密度は濃い。そして僕の心の中は、ストーブに両手をかざしても汗が出るほど歩き回っても、急速に冷えて縮こまって行く。
 音楽をかけてみた。止めてみた。ゲームの電源を切ってみた。空気を換気し、ならばとストーブも切ってみた。指先がかじかんで感覚がなくなる。資料室の中央であぐらを組んで京子に噛まれた指をさすった。
 頭を抱え、髪を掻きむしる。
 おもむろに携帯電話を出し、グーグルの検索画面を表示した。少しだけ、ひたひたの冷水に浸かっていた心が浮上する。泣きそうな、何かを殴りたくてしかたない置き所のない気持ちが、ようやく息をついた。
 検索窓にこの高校の名前を入力し検索、何枚かページを進んでようやく見つけた。
 ここから先は、電子世界の、だが確かに僕が今いる空間と地続きの、誰かがいる場所である。
 つまり、僕は孤独に一秒たりとて堪えられる人間ではなかったのだ。
 いわゆる学校裏サイトなるものにアクセスし、掲示板をさかのぼりながら思う。
 ゲーム画面を眺めているより、ずっと京子のしていることを見るのが好きになっていた。恋愛感情かと問われても、今はロンリネス過ぎてどうとも言えない。
 僕は掲示板に「旧校舎取り壊しの通知」を書き込んだ。すぐに、どこにこれほどの暇人が潜んでいたのかと呆れるくらいの返事が返って来る。返事は一様に、「ようやく取り壊されることへの歓喜」を表していた。

――旧校舎に思い出あるだろ? 取り壊されてもいいのか?
――幽霊出るって噂
――夜とか暗くて気持ち悪いし、底冷えも酷い
――グラウンドが狭いんだよな
――思い出なんてあるわけないだろ。もう何年も前から使ってないんだから。
――あのさ、

 僕は絆創膏を巻いた指で口の端を押さえながら、言葉を入力する。

――あのさ、取り壊さないように頼みたいんだ。君たちの意見が反対なら聞き入れてもらいやすいと思う。

 しばらくまって画面を更新すると、そかにはブーイングの嵐が吹き荒れていた。画面が真っ赤に燃え上がったようで僕は一度ゆっくりと瞬きした。跳ね上がった心拍数をどうにかして押さえ込もうと試みる。
 取り壊しに反対するなんて、ありえない。
 彼らは表現を変え、言葉を重ね、僕のふざけた提案を「学校のためにならない、自己中心的なわがままだ」として否定し、心から腹を立てていた。

――特定した。なあ、お前、転校生だろ。旧校舎をたまり場にしてる奴らがいるんだよな。迷惑なんだよ。死ね。さっさと転校しろ。

 僕はゆっくり息を吐いて携帯の電源を切り、床に転がり目を閉じ耳を塞いで全てを遮断する。
 ネットの世界に伸ばした希望は、ふつりと途切れてしまった。
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